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愛と友、その関係式 第18,19,20話

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「鈴鹿くんこそ。……大会、終わったばかりで部活は休みな筈だよ?」
「ばぁか、あんなの単なる通過点だぜ。身体は十分休めたし、暇がありゃ練習する。基礎体力も大事つってな泳げば肺活量もふえんだろ。じっとしてるほうが性にあわねえ」
「そうなんだ」
 何だかおかしくて紺野は笑った。それから急に悲しくなって、ポロポロと涙が零れた。
「……鈴鹿くんはすごい。好きなものを好きなままいられて。私、泳ぐことが好きだったの。でも、好きなままでいられないみたい」
 悔しくて、辛くて、だけども、勝負するということは他人を蹴落とさなければいけないというこで。試合とか勝ちとか負けとか頭の隅に過ぎった瞬間真っ白になって体が強張る。あんなに軽かった水が、ずしりと急に重みを増した。
 勝ちたい、だが勝てば誰かが負ける。当たり前のことなのに、この世の摂理がとても重い。思えば、紺野は長女で我慢すること、譲ることが日課だった。だから、我慢強さに自信はあっても自分のなかにある執着心の実像は曖昧だ。
 勝利への向上心、敗北への慈愛。二つのアンバランスは勝負すらさせてくれない。
「大会なんかなければ、ずっと好きなままでいれたのに。……私の隣の人がね、真剣な顔してるの。負けたくないって、勝ちたいって! でも、私は――。だから……皆ががっかりする。期待に応えられない」
 鈴鹿はぎょっとした顔をして、紺野を呆然と見ていた。
 紺野は涙を袖で拭うと立ちあがる。にこりと笑顔を向けた。
「ごめんね……、こんな話しても何のことだかわからないよね」
 紺野は鈴鹿の横を通り過ぎ、背中を見せて帰っていく。
「――だったら次はそうならないようにすればいいじゃねぇか。自分の力でよ。”てめぇ”のことどうにかできんのは”てめぇ”だけしかいねぇだろ?」
 紺野が振り返ると、さも当然と得意げな顔の鈴鹿がいた。
 いかにも鈴鹿和馬で、鈴鹿にしかいえない言葉だ。そして、彼はそれを実際に実行してしまった。
 強くなるための努力は惜しまず、自分の力で勝利をもぎとる。貪欲なまでに強いバスケへ想い。
 鈴鹿に比べれば、壁にぶちあたって直ぐ諦めてしまった自分の水泳への情熱なんてとても小さい。大会前のあがり症なんて、本気で直そうと思えば直せたかもしれない。なのに、諦めたのは自分自身だ。
「そっかぁ」
 紺野はまじまじと鈴鹿を見つめた。
 短髪、凛々しい眉毛に勝気そうな目。ごつごつとした大きな手、細くしなやかな筋肉。全てが綺麗で、鈴鹿の周りの風がキラキラと輝いてみえた。
 きゅっと胸が小さく鳴る。
 鈴鹿和馬は自分にないものの全てを持っている気がした。
 欲しい。自分自身の欠けたピースを求めるように、紺野は鈴鹿に恋をした――。
 
◆◇◆◇◆

 高校一年に進級した鈴鹿はバスケ部へ入部、中学最優秀選手ということで順当にレギュラーになる。一年では初の快挙だった。紺野は鈴鹿のあとを追って、男子バスケ部へマネージャーとして入部した。
 問題は入部して早々訪れた。
「鈴鹿和馬。背番号は11、ポジションはポイントガード」
 監督の淡々とした声に、鈴鹿のみならずチームメイトすら驚嘆の声をあげた。
 確かにバスケの知識、ドリブルのテクニック、シュート力。どれをとっても鈴鹿は文句ない能力を持っている。だが、ポイントガードに一番に必要なものを性格から考えても鈴鹿は持ち合わせていないように思えたのだ。
 案の定、急なポジション変更で鈴鹿は思うように動けない場面が急増した。増えるファール数、ファイブファールでの連続退場。
 鈴鹿は口にさえしなかったが、日々のなか何処か焦っているふうだった。
 そんなとき出来事は起こった。その日、紺野は小波美奈子と初めて会った。美奈子が鈴鹿と初めて会った日でもある。
 美奈子は多分、覚えていないだろう。それくらい、ほんの一瞬。
「パス!」
 紺野が体育館の扉を開けた瞬間、バスケットボールが飛んできた。
 満面の笑顔で両手を出していたのは、桃色でショートボブの女の子だった。体操服を着ている彼女は女子バスケ部の入部希望者で、つい数時間前顔をあわせたばかりだ。
 紺野は条件反射でボールを返す。
「ナイス!」
 ダンと弾む音がして、たたんと足音。綺麗なフォームで美奈子が飛びあがりボールを置くと、バスケットゴールのネットは静かに揺れる。着地するとブイサイン。
「私の勝利ぃ!」
「きたねぇぞ! パスするなんてよ」
「そんなことありませんー。バスケは個人競技じゃないもん。当たり前のことでしょ、それにワンオンワンなんて言ってないし!」
 紺野は目の辺りにした光景に呆然とした。
 小波美奈子の後ろに悔しそうに歯軋りする鈴鹿和馬がいたからだ。状況を考えると、バスケ勝負をしていたに違いない。
 ことバスケに関して、鈴鹿和馬に口を出せる者は早々いない。それを初対面であろう彼女は涼しい顔でしてのけた。怖いもの知らずなのか、もしくは初対面だからこそなのかもしれない。
 そして、鈴鹿和馬が変則的とはいえ一対一のバスケで遅れをとった姿は紺野がしるかぎり初めてではないだろうか?
「ということで、じゃあね!」
 小波美奈子は手をあげて、紺野の横を通りぬけて扉へ消えていく。
 遠ざかる背中を見つめて、紺野はぞわりと身体の奥から込みあがる悪寒を感じた。女の勘ともいうべきものかもしれない。
「……鈴鹿くん。あの子って――」
「あぁ、アイツ? 今度、女バスに入るんだってよ。きたねぇ手つかいやがって、次は負けねぇ」
 鈴鹿は口を尖らせて、転がったボールを広う。ボールをボール籠にかかったタオルで拭いて放りこむ。
「片付け?」
 ようやく気づいて手伝おうと紺野は鈴鹿へ歩み寄った。鈴鹿は手で制した。
「いい。もう終わるしよ。それに罰ゲームだからな、マネに手伝わせたとかバレたらやべぇ」
 鈴鹿はボール籠を用具室にしまいこむと、壁にたてかけてあったモップをとる。
 ふと紺野は気づいて声をあげた。
「タオル」
 それは鈴鹿の肩にかかっていた見たことのない柄のフェイスタオル。
 はばたき学園のバスケ部は強豪で、こういう部活の小さな備品も部費でまかなわれていたりする。紺野は鈴鹿の肩にかかっているタオルを、部で新しく購入したタオルで鈴鹿が備品庫から出したものだと勘違いした。
「それ、洗うよ? ごめんね、ここ最近天気がよくなくて……タオル足りなかったよね」
「あ、これか?」
 鈴鹿はタオルを掴む。
「さっきのやつのだってよ。俺が、忘れてたのを勝手につかっちまったんだ。まあ、忘れるほうが悪いよな」
 けらけらと鈴鹿が笑う。
「ま、だからよ。自分で返すからいいわ」
 一抹の不安。紺野の胸がチクチクと痛んだ。

◆◇◆◇◆

 ――紺野の予感は当たっていた。
 あれから、二年と少し。鈴鹿は変わった。もちろん、変えたのは他ならない小波美奈子だ。
 中学のときのような、目の前の勝利と自分の強さだけをギラギラとした目つきで追いかけていた鈴鹿はいなくなっていた。いつの間にか鈴鹿はポイントガードというポジションを体得して、バスケ部入部直後のスランプなど嘘のように連日試合で大活躍している。