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色塗れのカンバス

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「あ、ハルナだ」
 真夏の日差しが容赦なく降り注ぐスクランブル交差点で、八つ当たりのように赤い光を灯す信号を睨みつけていた時だった。阿部の隣に立つ同僚が、交差点に面した液晶へ視線を向けながら無造作に呟いた。反射的に阿部もそちらを見やる。そこには某球団のエースピッチャーである『榛名元希』が出演しているCMが流されていた。
「ハルナ、最近露出多いよなあ。CMでよくみる」
「ああ」
「おれ野球ってよくわかんねえけどさ、阿部たしか野球詳しかったよな。ハルナってやっぱイイ選手なの?」
「まあな」
「どこらへんがイイの?やっぱ球が速いとか?」
「そんな感じ」
 短く応えながら、ようやく青に変わった信号を確認してわたり始める。阿部よりワンテンポ遅れて歩き始めた同僚は、つまらなそうに唇を尖らせた。
「なんだよお前。ハルナ嫌いなん?それとも人が多いからホンネが言いにくいの?」
「別にそういうわけじゃない。いい選手だとは思ってるよ」
 同僚へと見向きもしないで応えながら、再度ちらりと榛名が映っていたスクリーンに視線をやる。幾つかのCMがループ再生されているようで、流行のアイドルが笑顔を振りまいていた。
――つまらない大人になんてなりたくない。
 隣で何やら喋り続ける同僚を適当にいなしながら、阿部は不意にそんなフレーズを思い出していた。多くの少年少女達が心に思うように、阿部も自分が思春期の頃はそんな風に考えていたものだ。それが今では多くの大人達と同じくスーツを纏い、炎天下のなかせっせと仕事をしている。社会に出て、社会の仕組みをうすらと理解し始めた阿部に、それらの人達を『つまらない』と切り捨てる気はないけれど、それでも幼いころに思い描いた未来像ではない事は確かだった。
 もちろん、それは阿部に限った話ではなく至極一般的な事なのだろう。思い描いた未来に行ける人たちは限りなく少ない。多くの人は幼いころの夢や憧れと訣別し、『大人』になる。多少の未練はあったとしても、それもすぐさま甘くほろ苦い『幼いころの夢』という過去になる。だが、阿部の場合はこの処理ができなかった。いつまでも思春期に見た夢への未練が立ちきれない。それはおそらく、さきほどスクリーンに映っている男――榛名元希の存在が根本にあるのだろう。一時期とはいえ同じ場所に立った事のあり、言葉では言い表しがたい複雑な思いを抱いた相手が、自宅だろうと外だろうとお構いなく、液晶越しに唐突に現れる。阿部が置き忘れ、また捨ててきたものを両手に抱えて。その姿は素直な賞賛と同時に、苦い感情を阿部に与えた。
「やっぱハルナみたいなスター選手って、昔から才能に溢れてるんだろうなあ。顔もかっくいいしさ、さぞかし学生時代はモテたんだろうと思うと、すっげー羨ましいよ」
「そうかもな」
 つらつらともの思いに耽る阿部の横で、同僚は饒舌に話し続ける。喋る事で暑さを誤魔化したいんだろうなと、阿部は頭の片隅で思った。かくいう阿部自身も、おそらく暑さでぼんやりしているせいでこんなどうでもいいうえにどうしようもないことを考えてしまうのだろう。交差点を渡りきっても未だ日を遮るものは少ない。周りの人々もみな暑さに辟易した顔をしていた。無理もない。
 ――最後に榛名にあったのは、たしか阿部が高校3年生の春だった。卒業式の日取りを1日間違えてやってきたあの男は、不機嫌もあらわに阿部の家へと突然訪れたのだ。流石にシニア時代のように阿部に理不尽な言いがかりをつける事はしなかったが、代わりに西浦高校に対して文句を言っていた。曰く「なんで西浦は昨日なんだよ武蔵野は今日なんだよ卒業式の日取りくらい統一しろよ」云々。次の日がオフだったこともあり、榛名は遠慮なく阿部のの部屋でくつろいでいった。話題と言えば球界の動向、最近の榛名のピッチングについて、阿部の大学の野球部について等、とりとめのないものばかりだったが、お互いに得意分野を思う存分話している事もあり、随分と話は盛り上がった。それから榛名は阿部を連れ出して外で夕飯を食べ、そのあとは――。
「……べ、阿部!」
「!……なに?」
「なにって、お前ぼーっとしてたからさ。大丈夫か?熱中症とかじゃないよな?」
「いや、大丈夫。悪い」
 胸に詰まった息を吐き、阿部は今までの思考を払うように軽く頭を振る。今は仕事中で、これから会社人として取引先のところに顔を出すところで、なお且つ榛名は阿部にとっては過去にしなければならない存在だ。いまその存在を引っ張り出して浸っている場合ではない。それでも阿部の都合なんて知らないというような顔で、榛名の姿は脳内から消えない。自分の頭の中の榛名まで、本物に似なくてもよいだろうに。苛立たしげに毒づけば、「んなもん知るか」と言うように脳内榛名はふんと鼻を鳴らした。
 暑さと、自分の思い通りに行かない思考に阿部のいらだちが高まり始めた、そのときだった。
「タカヤ!」
 どこからか自らの名を呼ぶ声が聞こえた。が、阿部はそれが『阿部隆也』を呼ぶものだとは思わなかった。『タカヤ』なんて名前は割と何処にでもいる。阿部は構わず同僚と話し続けた。しかし阿部の意に反してどんどん「タカヤ!」とよぶ声は近くなる。それにつれ、その声が脳内で存在を主張している人間に近いことに気付いたが、阿部はそれでもその声を無視した。振り返りたくなかった。阿部が思い描くその声の主は、心の準備も無しに、しかもこんな雑踏の中で会いたい人物では決してなかった。
「おいタカヤ!」
 声と共に、ぐいと腕をひかれ、反射的に阿部は振りむいてしまった。そこに立っていたのは、阿部にとっては至極遺憾ながら、予想通りの人――榛名元希であった。目深に帽子を被ってはいるが、サングラスもせずに素顔を晒している。それで変装のつもりなのだろうか。阿部は久しぶりに会ってしまったその男へ、いろいろな複雑な思いがあったはずであるのに、まず最初に出てきた感情は呆れであった。
「タカヤてめー、無視してんじゃねーよ!」
「…………いつかの時といい相変わらず目敏いですね、あんた」
「うっせー。あちぃんだからあんま手間かけさせんな!何回呼んだと思ってんだよ」
「こんな人が多い所で大声で名前を連呼するような知り合いなんて居ないつもりだったもんで。すんません」
「てめ、このやろ!久しぶりだってのに、相変わらずナマイキだな」
「俺がナマイキなんじゃなくて、元希さんが相変わらず非常識なだけです」
「お前なあ!」
 久しぶりの再会だというのに、不思議なくらい言葉がすらすらと出てくる。発している内容は我ながら可愛げのない言葉ばかりであるが、阿部は高校時代に戻ったように自然な会話が出来ていることに内心で驚いていた。まるで4年間の隔たりなどなかったかのようにすら感じてしまう。
「ったく、さすがはプロ入りして大活躍のセンパイに連絡のひとつも寄越さないコーハイだよな。ほんっとナマイキ」
 ふんと鼻を鳴らして放たれた榛名の言葉に、阿部が微かに眉を寄せる。何か言いたげな表情を作るも一瞬のことで、すぐさましれっとしたナマイキな後輩の顔に戻った。
「……そんなことより、あんた有名人でしょうが。なんでそんな適当な変装なくせに大声で叫んで目立ってるんすか」
作品名:色塗れのカンバス 作家名:和泉せん