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色塗れのカンバス

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「野球選手なんてユニフォーム脱いだら解らねえもんだからいいんだよ」
「そんな大雑把な……。とりあえず、ちょっとここだと目立ちますんで、適当な路地にいきましょう」
「おう」
 ぐるりと辺りを見渡す。まだ気付かれた気配はないが、往来で立ち止まっていたこともあり、何人かから怪訝な視線を向けられていた。阿部は眉を寄せ、人が少なそうな路地に向かった。
「えっ、なあ阿部、この人ってあのハルナじゃねえの?野球選手って言ってるし。なにお前知り合いだったの?」
 足早に歩を進めていると、隣で茫然となりゆきを見ていた同僚が正気を取り戻したらしく、慌てた様子で阿部を追いかけながら尋ねてきた。言葉こそ問いかけだが、もはや確信を抱いてるようだ。誤魔化すことはできないだろう。阿部はひとつ溜息を吐いてから、嫌そうな顔で頷いた。
「……一応」
「一応ってなんだよ。一年ちょっととはいえ俺の女房やってたくせに」
「女房!?」
 ぎょっとした顔で同僚が叫ぶ。榛名を見れば、楽しげににやにやと笑っていた。あえて誤解されるような言葉を選んだのだろう。阿部は榛名をひと睨みしてから、同僚の額を指で軽くはじいた。
「いてっ!」
「馬鹿。あのな、女房ってのは簡単にいえば捕手のことだ。変な勘違いすんじゃねーぞ」
「そ、そうだよなあ……びっくりしたー。……ん?なに?捕手ってことは、お前一時期ハルナ……選手サンと同じチームだったの?」
 気付かないわけがないとは思ったが、やはり気付かれてしまった。阿部は再び溜息を吐いた。
「…………まあ、ほんと一瞬だけな」
「すげーじゃん!なんで言わねーんだよ!」
「今となっちゃ過去のことだし、どうでもいいだろ」
 ちらりと榛名を見やりながら、同僚がすげーすげーと騒ぐ。面倒臭い事になった、と阿部は眉根を寄せた。こいつに知られたからには明日には「阿部隆也とあの榛名選手は知り合い」ということは社内に知れ渡ることだろう。こういった噂はとかくひろがるのが早い。スピーカーの音量が大きければなおの事だ。
 阿部は明日の社内を思い描き、げんなりした気持ちを抱えながら足をとめた。大通りを外れて少し歩いたおかげか、随分と人が少ない。ここなら先程の場所より目立つ事はないだろうが、榛名ほどのスター選手ともなればその存在がばれるのも時間の問題である。厄介な事になる前にとっとと用件を聞き出して別れようと、阿部が口を開こうとした矢先だった。
「タカヤ、今日の夜飯食いにいくぞ」
「は?」
「だから、夕飯。8時にS駅集合な」
「ちょっ、なに勝手に決めてんすか」
 最後に会った時から実に4年の月日が経過しているにも関わらず、榛名の強引さは変わらない。阿部は垂れている目を大きく丸く開きながら、慌てて榛名の言葉を遮った。不服気に唇を尖らせ、榛名は阿部を見やる。
「うるせーよ。俺はお前に会って言いたい事が山積みなの。いまお前仕事中なんだろ」
「……そうですけど」
「じゃあ今は話せねえじゃん。となったら、夜しかないな」
「あんたと話さないって選択肢を選ぶ権利、俺にはないんすかね」
「はぁ?なにあり得ない事言ってんだよ。3年?4年?も会ってなかったんだ。ケンリどーこー以前に、お前だって俺に言いたい事、山ほどあるだろ」
「んなこと…………」
 疑問形ではなく断定で榛名に告げられ、阿部は反射的に否定しかけたが、その言葉は言い終わることはなくしぼんでいった。会いたくないと思う一方で、榛名ともう一度きちんと話をしたいと思っていたのもまた事実であった。
「…………解りました。ただ、S駅は俺の勤め先からも家からも遠いんで、Ⅰ駅にしてください」
「…………解りました。ただ、S駅は俺の勤め先からも家からも遠いんで、Ⅰ駅にしてください」
「おう。じゃあⅠ駅に8時な」
「はい。遅れないでくださいよ。10分待っても来なかったら帰りますからね」
「10分だ?せめて30分は待てよ」
「なんではなから待たせる気なんすか」
「や、そーいうわけじゃねえけどさ、人にはフソクの事態もつきもんだろ?」
「そん時は連絡して下さい。電話番号もアドレスも変わってないと思うんで」
「めんどくせー。お前が電話しろ」
「…………なんで」
 あんたが遅れてくるって時に俺が電話してやらなきゃなんねえんだ。
 反射的に言葉を返しかけたが、はたと気が付き阿部は口を閉ざした。このままでは延々と榛名と言い争いを続けてしまう。阿部は気持ちを整えるためにも小さく咳払いすると、わざとらしく腕時計に視線をやった。
 同僚の顔を一瞥しながら言う。移動時間を大目に見積もって行動してはいたので、まだ客とのアポイントの時間には余裕があったが、阿部としては一刻も早くこの場を離れたかった。榛名もさして疑問を持った様子はなく、軽く頷いた。
「おう、ひきとめて悪かったな」
「次からは大声で呼びとめるのは勘弁してくださいね。それじゃあ夜に」
「おう。じゃーな」
 ぺこりと頭を下げて踵を返す。榛名も手をひらひらと軽く振ってから、阿部達とは逆の方向に歩きだして言った。一気に体が脱力したような感覚に襲われる。
「……なんつーか、すげー人だな、ハルナって」
「どこがだよ」
 同僚がぽつりと零した。阿部は刺々しい語調で問い返す。
「有名人なのに気取らないところとかもそうだけど、なによりお前相手にごり押しして、それが通用しちゃうところ」
「なんだよそれ」
「お前、例え上司が相手でも、あんな風にお前の予定ガン無視でごり押しされたら突っぱねるだろ。それが割と素直っつーか、すぐ諦めてたから、珍しいもんみたなーと思ってさ」
「…………まあ、中学時代の先輩後輩だから、ある意味上下関係きっちりしてんだよ」
「なるほどなあ。体育会系ってやつね」
 同僚の指摘に、半分嘘が混じった答えを返す。阿部が榛名の我儘をある程度我慢したのはそれもある。だが、阿部が榛名に折れてしまう根本的な理由は違うものだ。なぜなら同僚もいったように、阿部は昔から先輩だろうとなかろうと、納得できなければ反発する性質であった。だからそれは違う。が、その
『根本的な理由』とやらが何かは明確には阿部にも解らなかった。今まで疑問に感じても考えようと思わなかったからだ。答えを出してはいけないと、本能的に感じていた。
 ――もしかすると、その疑問の決着を、今夜つける事になるのかもしれない。
 榛名の口ぶりを思い出し、そんな予感をぼんやりと抱く。自分がその予感に対し喜んでいるのか恐怖しているのかは解らない。榛名に関する事になると、阿部の感情というものは全て曖昧な様相になってしまう。はっきりしないモノを好まない阿部にはストレスでしかない。理解できない己の感情へ苛立ちながらも、社会人である『オトナ』としての務めを果たすため、阿部はハルナの話題は飽きたのか暑さの愚痴を零し続ける同僚と肩を並べ、仕事先へと足を向けたのであった。
作品名:色塗れのカンバス 作家名:和泉せん