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エア・コンディショナーと追憶ごっこ

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小さいころ我々は兄弟で同じ部屋に暮らしていたけれど、一人っ子だからという理由で、一人部屋を与えられた従姉妹のことが昔はずっとうらやましかった。

泉水と嵐士の家は都心から少し離れたベッドタウンにあるごくごくありきたりな一戸建てで、比較的中庸な(とても余所様には言うことのできない、母親の過去のあれこれはあるけれど)家庭でふたりはそこそこ中庸に育てられた。ことあるごとに預け預けられる仲である従姉妹の家はそのころから既に金をたくさん持っていて、有名な女優と元モデルであった従姉妹の両親のその家の、行くたびにふるまわれる高級そうな菓子や、父親にむやみに甘やかされた従姉妹が持つたくさんの玩具や、客専用のベッド・ルームのやわらすぎるクッションなどに憧れないわけでは決してなかったけれど、それでも我々はごく凡庸に、そこそこ幸福に、まっとうに生活をこなしていけたのだと思う。高校に入ってからの周囲の面子のバックボーンや現在の個性を顧みて、泉水はまがりなりにも、自分たちが自分たちの家で育ってよかったと、なんとなくには思ったくらいなのだ。

だけれどそんな泉水にも、幼いころはただひとつだけ不満があった。それは「どうして僕は一人の部屋を持てないの」ということで、最初に駄々をこねたのはいつだったろう……、たしか従姉妹の家から兄とふたりで帰ってきたところで、小学校低学年くらいの、暑い夏の盛りだったことを覚えている。ひとりがいい、僕もめぐみみたいにひとりの部屋が欲しいのだ、と、母親に訴えれば、その時なぜか反論してきたのは彼女ではなく物分かりのよすぎる兄のほうで、彼は、好物の甘ったるいチョコレート・サンデーを食べるのをわざわざ中断してまで、台所に駆けてきてそっと泉水の手を握ったのだった。その、兄にしては冷ややかな、チョコレート・サンデーでひやされた手の温度といったら!
かすかにべたつくような甘さが鼻をついて、兄が、小さいころは大きかったまなこでじっと、泉水のことを見つめていた。少しだけ困ったように眉尻を下げた彼は、当時から、泉水のすべての弱点と自尊心と性格とを知っているのだ。
『いずみは、僕と一緒の部屋だったら、嫌?』
『……べつに、いやじゃないけど、でも一人がいい。僕もめぐみみたいに一人で寝たい』
『なんで?僕がいたら、いずみを夜中にトイレにだって連れて行ってあげるよ?』
『だって、あらし、寝相わるいだろ』
『直すから。だから、そんなこと言わないで一緒に寝よう?』
『絶対?』
『絶対。約束』
泉水はそのとき、実は本当は、言いたかったことがあった。だけれど約束、と言った兄の頬笑みがあんまりにも優しかったから、本当のことは言えなかった。
ほんとうのこと。「なんでひとり部屋もたくさんの玩具も持っためぐみに、嵐士をも取られなければいけないんだ」という、そのひとこと。年相応に甘ったるく未熟な、それははじめての嫉妬だった。

――従姉妹であるめぐみは、たしかに美しかった。きれいに手入れされた肌理の細かいまっしろな肌、トリートメントを欠かさないつやつやの髪、均整のとれた、決して細いだけではないグラビアモデルみたいな体つき、メスを入れたのかと疑いたくなってしまうくらいにこぼれ落ちそうに大きな瞳といつだって繊細にカールされた密度はないが長いまつげ(ここだけは実はまつげパーマだの何だのの成果であるらしいが、言ったら泉水ちゃんの恥ずかしい昔の写真全校生徒にばらまくよ、と言われたので逆らえない。非常に悔しいことである)。
小さいころからお人形のようではあったけれども、自分を磨くことよく見せること世間を綱渡りみたいに歩いてゆくことを覚えた現在、彼女はその外見だけではなく、内側から発露する重厚な輝きすら手に入れられたように見えた。
美しくて奔放で無邪気でわがままでどうしようもないその性格は、比較的手のかからない子どもであった泉水よりもはるかに兄の手を煩わせたが、しかしてそれもすでに甘くかすかに痛いだけの過去になっていた。
当時荒れていたと噂の兄は、だけれど決して泉水やめぐみの前でそんなふうな姿を見せなかったし、取りみだしたことだってそういえば生まれて意識を持って過ごしてきて今まで一度も見たことなんてないかもしれない。
幼いころの兄弟間の信頼を、今でもずるずると続けて最近ではブラコンみたいな域に達してきている彼ではあるけれども、泉水は無論、本気で兄を嫌がっているわけではない。
たしかに彼の趣味やおおよそ偏執的な愛情は理解できないものではあったが、仲の良い兄弟だと言われて育った彼らに、憎しみや嫌悪や断絶の文字は存在しない。だけれど――だけれど感じるのだ。兄の愛情の曲がり曲がった曲線の部分に、巣食うどろどろとした色みのことを。見え隠れする、泉水とそっくりな、従姉妹のきれいに通ったうなじから香る香水のにおいを。厳重な笑顔のヴェールに隠された兄の本音とひそやかに育った暴力を。

嵐士は今、恋愛的な意味じゃないけれど、泉水のことを好きだよ、と何度も言う。
昔兄とめぐみの間に何があったのか、泉水は知らない。