祈り。
1.
ああ、君はなんてキレイに笑うのかな。
やわらかい物腰と涼やかな声と美しい笑顔で、全てを魅了する。
とても、怖いよ。
透き通るような銀髪が、優美なカーブを描いた頬に触れ、揺れる。
優しく細められた瞳が相手を捕らえる。いとも簡単に捕まえてしまっている。
(大丈夫かなあ)
潑春は、由希がクラスメイトと廊下で立ち話している様子を、少し離れたところでしゃがんで眺めていた。
膝に頬杖をついて、小さく息をつく。
あんなにキレイに笑っちゃって。多分無意識だけど。
やがて話を終えた由希が、潑春の視線と存在に気づき、まっすぐこちらへやってきた。
口元に浮かぶ笑みは薄い。
潑春はしゃがんだまま、その綺麗な人を見上げた。
「大丈夫?」
唐突に聞かれて、由希は怪訝な顔をする。
「なにが?」
「あんなあからさまにキライってオーラ出してたから。大丈夫かなって」
「‥‥やな事言うよね」
秀麗な顔に苦渋を浮かばせ、由希は小さく呟いた。
「なんでバレるの」
「バレバレ」
あんな、怖い笑顔して。
一目瞭然だと潑春は思う。
それ以上近づくなという威嚇以外のなにものでもない。
「もっとさ、普通に笑いなよ」
「ハルに言われたくない気がする‥」
「まあ、そうだろうけど」
前髪をつまんで下にひっぱりながら、潑春はもっともだという風にうなずいた。
「で、ハルはここでなにしてるのさ」
「うん、モミジ待ってる。で、屋上。昼飯」
「‥なんでわざわざここで紅葉を待ってるの」
草摩由希の在籍するクラスの斜め前で。
「うん、由希もどうかと思って」
「そうなの?」
「それに、ここにくれば」
「あ、潑春さん。こんにちはです!」
由希の背後から、さらりと長い髪をゆらして、少女が人懐こい笑顔を見せる。
たった今、教室から出てきた本田透に視線を移して、潑春はうなづいてみせた。
「こんにちは」
「どうなさったのですか?もしや、由希君のお迎えですか?」
「うん、そう。で、本田さんもおいでよ。屋上。一緒にゴハン」
ゆったりと誘われて、透は満面の笑顔でうなづいた。
「はい、是非!ありがとうございます!ではあの、お弁当を持ってまいります。あ、でも今から職員室に行かなければなりませんので、後から追いかけます。よろしいでしょうか!」
あたふたと聞く彼女に、潑春はひらりと手をふった。
「じゃ、あとで」
「はい、あとでです!」
嬉しそうに笑うと、透はパタパタと廊下をかけていった。
その小柄な後姿を見送って、潑春は視線を由希に戻した。
「ここにくれば、用事がいっきに済むと思ったから」
「それって、本田さんのこと?」
「彼女いると、モミジが喜ぶ。それに、由希も。嬉しいでしょ」
大真面目に見上げられた由希は、一瞬言葉を失った。そして。
「‥なに言ってんの」
苦笑する彼に、潑春はとても満足した。
「そう。そっちのがいい」
「ハル?」
「じゃあ、行こう。弁当持ってきて」
「って紅葉は?」
「あれ」
指を差された方向を見たら、廊下の奥から、ごはんー!!と身軽に元気良くかけてくる姿があった。
「今日もにぎやかだね」
由希は口元を押さえて笑いを堪え、そんな由希を見て、潑春はまた嬉しくなるのだった。
彼女と一緒にいる時の由希を、とてもいいと思う。
柔らかく笑う顔を見れて、とても嬉しい。
彼女と出会う前の由希からは、触れたら切れそうな笑顔と、それから、ふいに泣き出してしまいそうな儚い笑みしか、出て来なかった。
彼女は、スゴイと、思う。
計算とか、自分を飾るとか、誰かに気に入られたいとか、そういうのがない。
構えないから、相手のガードもゆるくなる。
由希は、彼女を信頼してる。そんなのは見ててわかる。
もっと甘えちゃえばいいのに、と思うけど、一度にたくさんの事を望んでもダメだって知ってるから、今はこれでいいのかとも思う。
甘やかすのがウマイ彼女だから、由希はもっとよりかかったらいい。
長い目とか、いずれとか、そういうの、今の由希にはいらないと思うから。
今、救われて。
自分の体を、『ここ』から引き上げて。
願う。
ああ、君はなんてキレイに笑うのかな。
やわらかい物腰と涼やかな声と美しい笑顔で、全てを魅了する。
とても、怖いよ。
透き通るような銀髪が、優美なカーブを描いた頬に触れ、揺れる。
優しく細められた瞳が相手を捕らえる。いとも簡単に捕まえてしまっている。
(大丈夫かなあ)
潑春は、由希がクラスメイトと廊下で立ち話している様子を、少し離れたところでしゃがんで眺めていた。
膝に頬杖をついて、小さく息をつく。
あんなにキレイに笑っちゃって。多分無意識だけど。
やがて話を終えた由希が、潑春の視線と存在に気づき、まっすぐこちらへやってきた。
口元に浮かぶ笑みは薄い。
潑春はしゃがんだまま、その綺麗な人を見上げた。
「大丈夫?」
唐突に聞かれて、由希は怪訝な顔をする。
「なにが?」
「あんなあからさまにキライってオーラ出してたから。大丈夫かなって」
「‥‥やな事言うよね」
秀麗な顔に苦渋を浮かばせ、由希は小さく呟いた。
「なんでバレるの」
「バレバレ」
あんな、怖い笑顔して。
一目瞭然だと潑春は思う。
それ以上近づくなという威嚇以外のなにものでもない。
「もっとさ、普通に笑いなよ」
「ハルに言われたくない気がする‥」
「まあ、そうだろうけど」
前髪をつまんで下にひっぱりながら、潑春はもっともだという風にうなずいた。
「で、ハルはここでなにしてるのさ」
「うん、モミジ待ってる。で、屋上。昼飯」
「‥なんでわざわざここで紅葉を待ってるの」
草摩由希の在籍するクラスの斜め前で。
「うん、由希もどうかと思って」
「そうなの?」
「それに、ここにくれば」
「あ、潑春さん。こんにちはです!」
由希の背後から、さらりと長い髪をゆらして、少女が人懐こい笑顔を見せる。
たった今、教室から出てきた本田透に視線を移して、潑春はうなづいてみせた。
「こんにちは」
「どうなさったのですか?もしや、由希君のお迎えですか?」
「うん、そう。で、本田さんもおいでよ。屋上。一緒にゴハン」
ゆったりと誘われて、透は満面の笑顔でうなづいた。
「はい、是非!ありがとうございます!ではあの、お弁当を持ってまいります。あ、でも今から職員室に行かなければなりませんので、後から追いかけます。よろしいでしょうか!」
あたふたと聞く彼女に、潑春はひらりと手をふった。
「じゃ、あとで」
「はい、あとでです!」
嬉しそうに笑うと、透はパタパタと廊下をかけていった。
その小柄な後姿を見送って、潑春は視線を由希に戻した。
「ここにくれば、用事がいっきに済むと思ったから」
「それって、本田さんのこと?」
「彼女いると、モミジが喜ぶ。それに、由希も。嬉しいでしょ」
大真面目に見上げられた由希は、一瞬言葉を失った。そして。
「‥なに言ってんの」
苦笑する彼に、潑春はとても満足した。
「そう。そっちのがいい」
「ハル?」
「じゃあ、行こう。弁当持ってきて」
「って紅葉は?」
「あれ」
指を差された方向を見たら、廊下の奥から、ごはんー!!と身軽に元気良くかけてくる姿があった。
「今日もにぎやかだね」
由希は口元を押さえて笑いを堪え、そんな由希を見て、潑春はまた嬉しくなるのだった。
彼女と一緒にいる時の由希を、とてもいいと思う。
柔らかく笑う顔を見れて、とても嬉しい。
彼女と出会う前の由希からは、触れたら切れそうな笑顔と、それから、ふいに泣き出してしまいそうな儚い笑みしか、出て来なかった。
彼女は、スゴイと、思う。
計算とか、自分を飾るとか、誰かに気に入られたいとか、そういうのがない。
構えないから、相手のガードもゆるくなる。
由希は、彼女を信頼してる。そんなのは見ててわかる。
もっと甘えちゃえばいいのに、と思うけど、一度にたくさんの事を望んでもダメだって知ってるから、今はこれでいいのかとも思う。
甘やかすのがウマイ彼女だから、由希はもっとよりかかったらいい。
長い目とか、いずれとか、そういうの、今の由希にはいらないと思うから。
今、救われて。
自分の体を、『ここ』から引き上げて。
願う。