祈り。
3.
「随分、本田さんのことを気に入ってるんだね」
食後のお茶を飲みながらテレビを眺めていた潑春は、由希の横顔を見て首をかしげた。
「俺、食べ過ぎた?」
「しょうが焼きの話じゃなくて」
由希はテレビから視線を外し、けれど潑春ではなく、手元の湯のみに視線を落とす。
「珍しいじゃない。ハルが誰かに手を貸してあげるなんてさ」
潑春さんがご一緒して下さったおかげで、特売品が沢山買えたのです!と、透が食卓で嬉しげに喋り、その横で重々しくうなづいた潑春が「そう。俺はとてもよく働きました。ので、多少沢山食べていい」言うなり夾の皿に箸を伸ばし、「ざっけんなテメ!!」防御の箸が暴れ、まあた始まったと紫呉が呆れながらも速やかに食事を済ませてさっさと席を立ち「お仕事ですか?お部屋に戻られるならそちらにお茶を」と言いかけた透へニッコリと笑いかけ「んーん。これから逃亡するの。あとヨロシクー!」「…えええええ!!!」
などというにぎやかな食卓が、ほんの10分前にここで展開されていた。
紫呉は宣言通りにどこかへ姿を消し、夾は2階に上がり、透は台所で後片付けをしている。
由希と潑春は、透が淹れてくれたお茶を飲みながら、お笑い番組を見ているところだった。
「んー。本田さんは…、ごりやくだから」
「は?」
今度こそ由希は潑春を見やる。
「ご利益?なにそれ?」
「俺は、由希のために、奔走してるわけです常々。日々」
「……うん?」
「ゆえに、本田さんは同志。なので、待遇は特別。割かし、ビップ」
「…ハル、ごめん。何を言ってるのかよくわからない」
困惑に眉を潜めた由希をちらりと見やり、潑春は急に声を張り上げた。
「本田さん!!!」
「は、はいいいいっ!!!」
台所から透が、泡だらけの両手を浮かせて、慌ててやってきた。
潑春と、突然の大声に呆然としている由希を交互に見やる。
「ど、どうかされましたか?!」
焦る透に、潑春は親指を立てた拳を突き出した。
「同志」
キョトンと目を見開いた透だったが、すぐに泡にまみれた右手で同じ形を作り、元気良く押し出す。
「ハイ!同志です!」
そして視線を合わせ、エヘヘーと笑いあう二人に、毒気が抜かれたような顔で由希が呟いた。
「なんなんだよ、いったい…」
由希が色んな顔をする。
驚いたり、呆れたり、吹き出したり、照れたり、ムッとしたり、その全部が、潑春には、嬉しくて仕方がない。
透に名を呼ばれて、とびきり優しい顔で振り向く由希が、とても幸せで、全てが尊い。
潑春は、そっと自分の両手を組み合わせる。
神様には祈らない。
潑春は、由希へ祈りを捧げる。
どうか。
どうか幸せに。
君に優しい毎日が、出来うる限り永く続きますように。