Sweets
「――君はアメリカには行かないほうがいいよ」
そうハリーはため息まじりに、目の前にいる相手につぶやいた。
「何でだ?」
紅茶を飲んでいたドラコは顔を上げる。
二人がいるのはありきたりのティーハウスで、明るい昼間の日差しが差し込む窓際に、向かい合うように座っていた。
ハリーは現在マグル界で仕事を得て、社会人として普通の暮らしをしている。
『魔法使い』という、こちらの世界ではいささか滑稽に聞こえてしまう、そういうものには一切関わっていなかった。
魔法界で彼の名前があまりにも大きくなりすぎて、自由な時間やプライベートが減ってしまい、窮屈すぎる立場を嫌って、ホグワーツを卒業してからはずっとこちら側にいる。
逆にドラコは魔法省の国際魔法機関内で職も得ているし、マルフォイ家の家督のこともあり、これからも魔法界を離れるつもりなど毛頭なかった。
しかし休暇や休みが取れると、恋人の元へと時々やってきている。
今日は曇り空で強い日差しも和らぎ、時折涼しい風も吹いていたので散歩がてら、テムズ川沿いの道を南下してふたりして歩き、少しの休憩を取るためにここへ入ったのだ。
少しの音も立てずカップを受け皿に戻すと、ドラコは首を傾げる。
「長期出張が終わってアメリカから帰ってきたばかりだというのに、浮かない顔だな?」
「なぜかっていうと……」
ハリーは言葉を切ると、じっとテーブルの上のデザートを見つめた。
そこには赤い茎のフキによく似た植物を煮込んだ甘酸っぱいパイに、たっぷりのカスタードが添えられて、その上にアイスクリームがトッピングされた皿がある。
パイの上のアイスが丁度いい具合に溶け始めて、カスタードと混ざり合って皿の中でマーブル模様になっていた。
「……君、それ全部食べるつもり?」
甘いものがほとんどダメなハリーは困ったような顔で尋ねる。
「もちろんだ。ここの名物だからな。しかもパイは僕の好物だ」
ドラコは即答し、さも当然だと言わんばかりに、それらをおいしそうに食べ始めた。
魔法界でもヨーロッパでも、スイーツは女こどもだけの食べ物ではない。
成人男性でも満足そうな顔をしてデザートを食べているのが普通で、甘いものが苦手なハリーのほうが珍しいぐらいだ。
「……君の甘いもの好きには、本当感心するよ。僕も知らないような店も知っているしね。この前に訪れた本屋の奥のティールームなんか、まさに知る人が知るって感じの穴場みたいだったじゃないか」
「ああ、あの店か。君が仕事で部屋にいない昼間に、退屈しのぎに立ち寄った本屋だったんだ。――静かで落ち着いていて、いい場所だろ?ランチも悪くなかったし、いろいろおいしかったよ」
山盛りの白い濃厚そうなホイップを口に運ぶドラコを見ただけで、ハリーは顔をしかめた。
「――どうしたんだ?気分が悪いのか?」
フォークを動かす手を止めてドラコは尋ねる。
ハリーは何かを思い出したように、うんざりとした仕草で首を振った。
「出張のときの話に戻るんだけどさ――。アメリカの食事は値段もそこそこするけど、それ以上にびっくりしたのがその量だよ。イヤというくらいに大盛りの皿が運ばれてくるんだ。ハムなんかさ、分厚くて丸い輪切りが大皿いっぱいにブレックファーストで出てきたときは腰が抜けそうだったよ。こーんな感じで、ほぼ10インチはあったね。いや朝っぱらから、誰もあんなに食べれないって」
レスラーじゃないんだからと、ぶつくさ言いつつ言葉を続ける。
「それにさデザートも半端じゃなくて、大きなアイスが三段も山のように積み上げられて、その横に堂々としたチョコレートケーキまで付いているのが、当たり前に出てくるんだよ」
「美味しそうだな」
「止めといたほうがいいよ。どれも信じられないくらい甘くて、大雑把な味だから。とりあえずケーキかアイスクリームのどちらがメインなのか、さっさと決めてそのひとつを出せよ、ふたつをいっしょに出すなと思ったね。僕としては……」
はぁーっという感じでハリーは首を振る。
「しかも、そんなのが毎回だ。朝からボリューム満点で、昼は時間がないから比較的軽くしても、夜のディナーも半端じゃなかったよ。どれも大盛の皿いっぱいで。あれなら量を半分にして値段も半分に下げればいいのに」
などと不平そうに呟く。
ハリーはこの世界で自活をしているので、ものすごく経済観念がしっかりしていた。
こういうことには口うるさいみたいだ。
逆にドラコは立派な邸宅に住み、屋敷しもべが身の回りの世話をして、衣食住のすべてに満たされた、行き届いた生活をしている。
しかしマグルの世界にやってきたときは素直に、相手の生活のルールに自らを合わせていた。
「シーツは毎日変えろ」だの、「ナイフとフォークを料理の皿に合わせて本数を揃えろ」などと、不平を言ったことなど一切ない。
むしろ大雑把でいい加減なハリーのもてなしを愉快そうに受け、心からそれを楽しんでいるようだ。
ハリーは恋人が訪れてくれたのが嬉しくて、軽いじゃれあいから行為に夢中になり風呂を溢れさせたり、鍋を焦がしたりしたことはあったけれど、それ以外のことはお互いにうまくやっていた。
ハリーは紅茶にミルクを注ごうとしたけれど、少し考えてそれをテーブルに戻し、砂糖すら入れずにカップを持ち上げて少し飲むと、その味に顔をしかめて、「やってなれない」とばかりに首を横に振る。
一連の動作をもの珍しそうに眺めていたドラコは、最後のハリーの「不味い」という表情を見て笑った。
「なに一人で百面相をしているんだ?」
「だって、何も入れていない紅茶の素っ気なさといったら―――」
澄んだ琥珀色に満たされたカップを覗き込みながら、ぶつくさと言って口を尖らせる。
まるで子どものような仕草だ。
「僕はなんでこんな水みたいなの飲まなきゃいけないんだろ。まったくアメリカときたら!」
「ここでまさかアメリカが出てくるとは思わなかったよ。まるで国際問題みたいじゃないか。国際法なら僕の管轄内だ。何なら魔法省から向こうの大統領にコンタクトを取ればいいのか?なんて言えばいいんだ?」
からかうように言うと、ハリーは深く頷いた。
「ああ、頼むよ。食事の量が多すぎるって、大統領に言ってくれ。だからあの国の70%は肥満なんだよ。信じられるかい、ドラコ!国の半分以上がおデブちゃんって、どーだよ?おかげてこっちまで、とばっちりを受けて大変なんだからな……」
ブツブツと文句を言いつつ、椅子の背もたれにもたれかかって、ちらっとドラコを見詰めた。
「僕を見て、ドラコ。ほとんど1ヶ月ぶりぐらいの恋人を見て、どう思う?」
じっと頭の先から靴先まで一通り見ると、「ステキだよ」と極上の笑みでにっこりと笑う。
ハリーはその言葉を聞き、情けない顔になった。
「本当に分からないの?ひどいよ。僕は君の優しさで何も言わないのかと思っていたのに、本当に気付いていないの?僕は太ったんだよ」
「……少しぐらいだろ。そんなの分かるはずないじゃないか1キロや2キロなんて」
首を盛大に振る。
「とんでもない、ベルトの穴2つ分だ!」
「2つ分も太ったのか?」
ドラコの声が一瞬大きくなった。
「ああ、そうなんだ」
そうハリーはため息まじりに、目の前にいる相手につぶやいた。
「何でだ?」
紅茶を飲んでいたドラコは顔を上げる。
二人がいるのはありきたりのティーハウスで、明るい昼間の日差しが差し込む窓際に、向かい合うように座っていた。
ハリーは現在マグル界で仕事を得て、社会人として普通の暮らしをしている。
『魔法使い』という、こちらの世界ではいささか滑稽に聞こえてしまう、そういうものには一切関わっていなかった。
魔法界で彼の名前があまりにも大きくなりすぎて、自由な時間やプライベートが減ってしまい、窮屈すぎる立場を嫌って、ホグワーツを卒業してからはずっとこちら側にいる。
逆にドラコは魔法省の国際魔法機関内で職も得ているし、マルフォイ家の家督のこともあり、これからも魔法界を離れるつもりなど毛頭なかった。
しかし休暇や休みが取れると、恋人の元へと時々やってきている。
今日は曇り空で強い日差しも和らぎ、時折涼しい風も吹いていたので散歩がてら、テムズ川沿いの道を南下してふたりして歩き、少しの休憩を取るためにここへ入ったのだ。
少しの音も立てずカップを受け皿に戻すと、ドラコは首を傾げる。
「長期出張が終わってアメリカから帰ってきたばかりだというのに、浮かない顔だな?」
「なぜかっていうと……」
ハリーは言葉を切ると、じっとテーブルの上のデザートを見つめた。
そこには赤い茎のフキによく似た植物を煮込んだ甘酸っぱいパイに、たっぷりのカスタードが添えられて、その上にアイスクリームがトッピングされた皿がある。
パイの上のアイスが丁度いい具合に溶け始めて、カスタードと混ざり合って皿の中でマーブル模様になっていた。
「……君、それ全部食べるつもり?」
甘いものがほとんどダメなハリーは困ったような顔で尋ねる。
「もちろんだ。ここの名物だからな。しかもパイは僕の好物だ」
ドラコは即答し、さも当然だと言わんばかりに、それらをおいしそうに食べ始めた。
魔法界でもヨーロッパでも、スイーツは女こどもだけの食べ物ではない。
成人男性でも満足そうな顔をしてデザートを食べているのが普通で、甘いものが苦手なハリーのほうが珍しいぐらいだ。
「……君の甘いもの好きには、本当感心するよ。僕も知らないような店も知っているしね。この前に訪れた本屋の奥のティールームなんか、まさに知る人が知るって感じの穴場みたいだったじゃないか」
「ああ、あの店か。君が仕事で部屋にいない昼間に、退屈しのぎに立ち寄った本屋だったんだ。――静かで落ち着いていて、いい場所だろ?ランチも悪くなかったし、いろいろおいしかったよ」
山盛りの白い濃厚そうなホイップを口に運ぶドラコを見ただけで、ハリーは顔をしかめた。
「――どうしたんだ?気分が悪いのか?」
フォークを動かす手を止めてドラコは尋ねる。
ハリーは何かを思い出したように、うんざりとした仕草で首を振った。
「出張のときの話に戻るんだけどさ――。アメリカの食事は値段もそこそこするけど、それ以上にびっくりしたのがその量だよ。イヤというくらいに大盛りの皿が運ばれてくるんだ。ハムなんかさ、分厚くて丸い輪切りが大皿いっぱいにブレックファーストで出てきたときは腰が抜けそうだったよ。こーんな感じで、ほぼ10インチはあったね。いや朝っぱらから、誰もあんなに食べれないって」
レスラーじゃないんだからと、ぶつくさ言いつつ言葉を続ける。
「それにさデザートも半端じゃなくて、大きなアイスが三段も山のように積み上げられて、その横に堂々としたチョコレートケーキまで付いているのが、当たり前に出てくるんだよ」
「美味しそうだな」
「止めといたほうがいいよ。どれも信じられないくらい甘くて、大雑把な味だから。とりあえずケーキかアイスクリームのどちらがメインなのか、さっさと決めてそのひとつを出せよ、ふたつをいっしょに出すなと思ったね。僕としては……」
はぁーっという感じでハリーは首を振る。
「しかも、そんなのが毎回だ。朝からボリューム満点で、昼は時間がないから比較的軽くしても、夜のディナーも半端じゃなかったよ。どれも大盛の皿いっぱいで。あれなら量を半分にして値段も半分に下げればいいのに」
などと不平そうに呟く。
ハリーはこの世界で自活をしているので、ものすごく経済観念がしっかりしていた。
こういうことには口うるさいみたいだ。
逆にドラコは立派な邸宅に住み、屋敷しもべが身の回りの世話をして、衣食住のすべてに満たされた、行き届いた生活をしている。
しかしマグルの世界にやってきたときは素直に、相手の生活のルールに自らを合わせていた。
「シーツは毎日変えろ」だの、「ナイフとフォークを料理の皿に合わせて本数を揃えろ」などと、不平を言ったことなど一切ない。
むしろ大雑把でいい加減なハリーのもてなしを愉快そうに受け、心からそれを楽しんでいるようだ。
ハリーは恋人が訪れてくれたのが嬉しくて、軽いじゃれあいから行為に夢中になり風呂を溢れさせたり、鍋を焦がしたりしたことはあったけれど、それ以外のことはお互いにうまくやっていた。
ハリーは紅茶にミルクを注ごうとしたけれど、少し考えてそれをテーブルに戻し、砂糖すら入れずにカップを持ち上げて少し飲むと、その味に顔をしかめて、「やってなれない」とばかりに首を横に振る。
一連の動作をもの珍しそうに眺めていたドラコは、最後のハリーの「不味い」という表情を見て笑った。
「なに一人で百面相をしているんだ?」
「だって、何も入れていない紅茶の素っ気なさといったら―――」
澄んだ琥珀色に満たされたカップを覗き込みながら、ぶつくさと言って口を尖らせる。
まるで子どものような仕草だ。
「僕はなんでこんな水みたいなの飲まなきゃいけないんだろ。まったくアメリカときたら!」
「ここでまさかアメリカが出てくるとは思わなかったよ。まるで国際問題みたいじゃないか。国際法なら僕の管轄内だ。何なら魔法省から向こうの大統領にコンタクトを取ればいいのか?なんて言えばいいんだ?」
からかうように言うと、ハリーは深く頷いた。
「ああ、頼むよ。食事の量が多すぎるって、大統領に言ってくれ。だからあの国の70%は肥満なんだよ。信じられるかい、ドラコ!国の半分以上がおデブちゃんって、どーだよ?おかげてこっちまで、とばっちりを受けて大変なんだからな……」
ブツブツと文句を言いつつ、椅子の背もたれにもたれかかって、ちらっとドラコを見詰めた。
「僕を見て、ドラコ。ほとんど1ヶ月ぶりぐらいの恋人を見て、どう思う?」
じっと頭の先から靴先まで一通り見ると、「ステキだよ」と極上の笑みでにっこりと笑う。
ハリーはその言葉を聞き、情けない顔になった。
「本当に分からないの?ひどいよ。僕は君の優しさで何も言わないのかと思っていたのに、本当に気付いていないの?僕は太ったんだよ」
「……少しぐらいだろ。そんなの分かるはずないじゃないか1キロや2キロなんて」
首を盛大に振る。
「とんでもない、ベルトの穴2つ分だ!」
「2つ分も太ったのか?」
ドラコの声が一瞬大きくなった。
「ああ、そうなんだ」