C+3
「すげぇ似合ってる」
「そうか……」
三國は自分の膝を枕にして寝そべる公麿の頭を撫でていた。
「着てくれてよかった」
少し頬を赤らめながら呟いた公麿は、その顔を隠すように向きを変えた。
「これは涼しいな」
そう腕を三國は拡げて見せる。濃紺の甚平は公麿から三國へのプレゼントだ。彼が普段着ている着物や浴衣と比べれば安いものだが、何か彼にプレゼントしたくてこれを選んだのだ。
そして、甚平にした理由はもう一つあった。
「おいっ、あまり引っ張るな」
「あっ、悪りぃ」
三國邸の日本庭園を眺めながら縁側で夕涼みを楽しんでいる。穏やかで、緩やかな贅沢な時間の使い方は、三國も公麿も慣れてはいないがこうして二人で穏やかに暮らしているのは心地がよい。なによりも、未だ気怠さの残る公麿の体にはありがたい。公麿の体に倦怠感を残すきっかけは、昨晩この場所で行ったことにあるのだが、それでも快い涼しい風とひんやりとした床の感触が気持ちよくて仕方がない。
ごわっとした、それでも肌触りのよい甚平の衣擦れの音が直に耳へと流れてくる。その音を聞きながら、公麿は普段は隠されている三國の臑毛と戯れていた。髪の色同じで濃い茶の毛色は、体毛としては薄く毛足は長くやや柔らかいところもある。
「いつも思うのだが、楽しいのか?」
臑毛を撫でられることを厭わないが、たまにこうして不思議そうに三國は問う。体毛の薄い公麿には髭を含めて物珍しく、何よりも父親との記憶をほとんど持たない公麿にとって大人の男の象徴でもあった。
小さく頷けば、ざらつく感触を逆撫でし楽しんでいると、小さな三國の溜息が聞こえてきたが、気にせずにゴツゴツとした膝頭にそっと息を吹きかけた。
ピクンと筋肉が震えるのが判る。無駄なく筋肉の付いた体は、刺激を全身へと伝え反応した筋肉に合わせて毛もまた動いている。その流れを眺めているのが好きなのだ。
「甚平っていいね」
何をプレゼントしようかと悩んだとき、同時に贈ることにした宣野座へのプレゼントはエプロンと直ぐに決まったのだが、三國へのプレゼントは中々思い浮かばなかった。彼は色々なモノを持っている。そんな三國に何かを贈ったとしても必要ないのではないかと躊躇してしまったのだ。
それでも、今は贈って良かったと思っている。三國は想像以上に喜び、こうして着てくれている。それだけ充分だった。
いつもの着物姿もいいが、裾を割って脚を触ることに公麿は抵抗を感じるのだ。こうしてただ戯れていたいだけなのに、裾を捲るとどこか性的な感じがして、なによりも勢いよく捲ると三國の半身が見えてしまいどうしても意識してしまうのだ。
隠すように膝頭に顔を埋めれば、大きな三國の掌が公麿の髪を撫でている。その心地良さに瞳を細めながら、まるで弦を奏でるように臑毛を公麿は弄んでいる。爪弾く指先に薄い体毛が絡みつき、掻き鳴らす指先は毛を撫で回している。それに呼応するように三國の指先が、公麿の耳朶を鳴らした。
ピクンと小さく公麿の背が震え、ぶるりと頭を振った。三國の指が離れても、まるで猫のようにぴるぴると耳が動いている。
「俺、変かも最近……」
「どうした?」
ごろりと三國の太股の上で公麿は仰向けになり、じっと天井を見上げている。その視線を奪うように三國は視界を塞いだ。
「ん? その…… 耳、感じるんだ」
「そうか、それ……、その誰かと試したのか?」
「違っ、いやその本当にそう言うんじゃねーんだよ」
「それなら話せるだろう」
「うっ…………」
覆い被さるように公麿の視界を、三國の顔が塞いでいる。その深い眼差しの追求から逃れるように、公麿は軽く三國に接吻けた。
優しくはあるが、それでいて意志を曲げぬ眼差しに捉えられては公麿は逃れることが出来ず仕方なく口を開いた。
大学で仲間内でふざけているときに、たまたま耳に触れられたのだ。ただそれだけのことだったのに、体が妙に反応したのだ。その場では、くすぐったいのかと揶揄されて終わったが、公麿はその感覚がなんであるのかを理解していた。
「なるほどな、ここはどうだ?」
公麿の服の裾から三國は手を差し入れると、柔らかい肌の感触を楽しみながら臍を撫でてた。ピクンと波打つ自身の体に驚いたのか、公麿は三國を見上げている。
「くすぐったいところは性感が未発達なところなんだ」
「つまり、俺、三國さんに開発されたってことかよ」
「そうなるな」
楽しげに顎髭を指で弄びながら、人の悪い笑みを湛えている。
耳を隠すためにフードを目深に被ると、三國の視線から逃れるように横を向いた。それでも、頭上からからは抑えてはいるが、楽しそうに笑う低い声が響いている。
「俺は嬉しいのだがな」
お前は違うのかと、囁く声に公麿は身を丸くする。
「お前の初めての相手が俺で、そして俺がお前を育てているのかと思うと嬉しい」
優しく頭を撫で回される感触に眼を瞑れば、耳元に幽かな吐息と柔らかな感触が触れた。
「別に三國さんに育てて貰ってないし」
再び仰向けになった公麿は、もっと他の所に欲しいのだと唇を突き出せばまたあの感触がそこを塞ぎ、顎先を髭が擽っていく。
「ああ、そうだな。吸収していると言った方がいいだろうな……」
離れていく感触を追うように身を起こし、鼻先を顎髭に埋めれば籠もったような笑い声が上から零れていくる。
「もっと俺から吸収してくれ、俺もまたお前から色々と学んでいるよ」
気恥ずかしいその言葉に、赤く染まる頬を隠すように再び顔を背けた。その時だった。
「そのみっともないの、どうにかしてよ、壮一郎」
部屋の奥から投げかけられた声に顔を向ければ、薄暗い室内に仄かに白く輝く姿があった。細くすらりとした姿態に、白い無地の単衣を纏った宣野座が立っていた。三國から紬だと教えられた着物は、浴衣ではないが涼しげで、宣野座らしく光沢がつるりと輝いている。絹で作られていても普段着と格付けされる紬というが、却って宣野座らしく粋だと三國は称していた。
「なんの話だ?」
「脚だよ、脚」
判らないと問う三國に、宣野座は彼等の横まで脚を勧めると、汚らわしいモノを見る目で表情を曇らせながら脚を指した。
「脚?」
指された三國の脹ら脛を触りながら、公麿は不思議そうに問い返した。
「そう、今、キミが触っているその脚だよ。よくそんなの触れるね」
「そんなのって……」
ふてくされたのか、公麿はより一層激しく臑毛を撫で回している。
「まぁいいけど僕には関係ないしね。それにしても普通はして貰うものじゃないの? 膝枕って」
「そうか?」
そう三國は返したが公麿の膝枕を拒んでいるわけではない、ただあの折れそうな体の細い脚を枕にすることに抵抗があるのだ。抱き締める時ですらも、加減をしなければといつも躊躇してしまい廻すことが出来ない指先は公麿の背中で泳いでいる。
「好きな人にして貰いたくないの?」
そう涼しげな宣野座の顔が、三國の表情を伺っている。無いとは言えない、だがそれを望んでいいのか判らずに三國は口を噤んでいる。
「それじゃあ、問題ないよな」
「余賀くん?」
ごろんと三國の膝の上で再び仰向けになった公麿が見上げれば、二人の大人と目が合い微笑んだ。