C+3
「好きな人に、俺、膝枕して貰ってるし」
そう幸せそうに無邪気に笑う公麿に、三國も釣られて笑ってしまった。嬉しいのだと言葉にする代わりに、前髪を梳けば気持ちよさそうに公麿は目を細めている。
「はいはい。そういえば、花火貰ったんだけどやるかい?」
小さな溜息をつきながら宣野座は、屈んでいた体を起こし庭を見つめている。
「やる!」
「そう、それじゃ浴衣に着替えて来てよ」
勢いよく飛び起きた公麿に小さく笑みを漏らしながらの言葉に公麿は顔を顰めている。
「なんでだよ」
「僕が見たいの、壮一郎もね」
せっかく浴衣を買ったのだから見せてくれと宣野座は付け加えるが、それに合わせて着物を着てきたのだという思いも含まれているのだろう。
「俺のも見たいのか?」
その言葉に自分も含まれていることを、不思議そうに三國は問えば宣野座は冷めた声を発した。
「脚、隠しなよって言ってるの」
準備はしておくからね。そう微笑む宣野座を背中に二人は着替える為に別室へと向かった。
「あれ、兵児帯にしたんじゃなかったけ?」
鮮やかな天色の浴衣に乳白色の角帯を締めた公麿を、ぐるりと一周見回した宣野座が不服そうに帯に触れた。
「まあ、この結び方可愛いけど……」
少しずらしたリボン結びのような結び方は、三國が結んでくれたものだった。公麿も三國や宣野座のような貝の口で結んで欲しかったのにこうなってしまった。
「あれは…… もう着けないから」
この角帯は三國に借りたモノだが、浴衣と共に揃えた帯はちりめんの兵児帯だった。子供用みたいで嫌だったのだが、三國と宣野座に押し切られたが、かっちりとした着物生地に、ふんわりとした材質の帯の相性は良く気に入っていたのだが、それを締めて行ったことを思い出すとどうしても恥ずかしさが上回る。
「ふぅ~ん、ねぇ、壮一郎。余賀君の兵児帯揺れてて可愛かった?」
さらさらと前髪を揺らし首を傾げる宣野座に、三國は公麿の浴衣姿を眺めながら呟いた。
「いや、可愛いと言うよりも艶めかしかったな……」
「三國さん!」
何かを思い出しように呟く三國を睨み着けるように、公麿はその藍色の浴衣の裾を引いた。遠目で見れば藍色の浴衣であるが、間近で見れば薄い格子状を織り目から中の白い襦袢が透けて見え、それが涼しげで三國に似合っている。
片側の裾と袖にだけ波濤の柄のあるその祖での波を公麿はくいくいと引っ張っている。
「なるほどね。今度、僕にも見せてよね」
宣野座に隠し事が出来るとは思ってないが、浴衣を初めて着たあの日に三國と公麿とでしたことがバレているのは恥ずかしい。そして、自分にも見せてくれと言う宣野座が遠回しで仲間に入れなかったことを抗議しているようにも思えた。
「だから、もう着ないって言ってるだろ」
この三國の着物が、浴衣だとは思えない程美しく織られた生地が、無地だと思っていたところまで藍色の糸と細い白い糸によって細かい流水紋様が描かれている。透けて見える白襦袢がよりもその波を際立たせていて美しい。
怒りを持って裾を引いたはずなのに、そのしゃりしゃりとした布の感触にその気持ちは流されてしまった。
すまないと、公麿の頭を撫でる三國の肩にそっと頭を預けた。清涼感のある生地の感触が、心地よく耳を澄ませば波音が聞こえるようだった。
「ねぇ、花火しようよ」
大きな月明かりの下で、白みの強い生成の着物は夜の闇に映えまるで地上に映った月のようだ。闇夜を照らし輝く宣野座はおいでと手招きしている。駆け出そうと一歩踏み出した公麿は、そのまま波濤の腕を掴むと引っ張るように庭へと誘う。
涼しげに笑う宣野座が一本、花火を手渡した。
【終】