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After PRECIOUS DAYS

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風丸一郎太の場合 (円←風/八年後)


 俺の人生の物語があるとするなら、その中心で輝いていたのはいつだって、主役より生き生きと描かれた助演男優その人だった。いつもその男の背中を見ていた俺に、自分の背中を見て貰えるチャンスが出来たとき、俺はようやく輝けると思ったのだ。俺はそいつの目の前で輝いて、いつかこの脆弱な光を見付けて掬い上げて欲しいとずっと願ってた。昔からずっとそいつは俺の、テレビに映る仮面をかぶった正義の味方よりもずっと鮮やかに笑って怒る、最強で唯一のヒーローだったのだ。
「風丸!」
 自分の重い足取りを嘲笑うような明るい声が背中を叩いた瞬間、色々な感情がことごとく混ざりあって固まった笑顔を張り付けて、それでも俺はやはりどこかで嬉しくて振り返った。足音でだって俺はこの男を判別出来るのだと誇らしげに考えて馬鹿らしくなる。そんな遠回しな主張などしなくたって、この窮屈な彼への思いが何であるのか、俺には分かっているはずだというのに。
「久し振りだな!元気だったか」
「ああ。お前も相変わらずだな」
 そう言って見遣った円堂の肘には擦り傷があって、本当に変わらないんだなと思うと、懐かしくて、切なくて、ただひたすらに胸が痛い。変わらないでいられる勇気が俺にはなかった。
「おばさんから聞いたよ。風丸、今度の大会で日本代表に選ばれたんだってな。やっぱすごいなお前は」
「…円堂こそ、プロはどうだ?」
「んー、まあ俺なんかまだまだだけどさ!でも楽しいよ、毎日強い奴らとサッカーできるんだ。わくわくするだろ」
 乾いた笑いが漏れるだけで、俺はそれには答えない。応えられない。代表にだって俺は、必死でなっただけなのだ。誰よりも息をきらせて、がむしゃらに努力して、楽しむ暇なんかなくて、タイムなんて恐いくらいにギリギリだったし、明日は誰かに追い越されるかもしれないと、いつも、いつも思ってる。俺にはそれが精一杯。伸びないタイムは相変わらずに、気持ちばかりが先走る。
「皆相変わらずだったぜ。豪炎寺と吹雪は、同じ大学の同じチームで、今も一緒にサッカーやってるんだってさ。豪炎寺は医者になるみたいだけど、吹雪は来年プロ入りなんだ。一之瀬と土門は来られなかったけど、この間ブラジル留学から帰ってきて今はアメリカでプロやってる、って秋が言ってた」
「…ああ。そうか。流石だな」
「あと、染岡と半田は先生になってサッカー部の顧問になるんだって。鬼道は卒業したら親父さんの会社に入って社長代理とかになるらしいんだ、すげーよな」
「…そうか」
「立向居と綱海からも元気でやってるってメールあったんだ。マックスも司法試験近いらしくて、がむしゃらに頑張ってる感じでさ、受かったらプロポーズするとか言ってた。あと驚いたのは音無が…」
「円堂」
 サッカーを離れても、皆輝いてるよ、と言われてる気がした。悪気があるか無いかという話ではなくて、ただ単純につらいだけ。
「…この間は、同窓会行けなくて悪かったな」
「しょうがないさ!大事な選考会だったんだろ」
 肩が強張ったのに、気付かれなかっただろうかと思う。選考会だなんて嘘だ。ただ皆に会いたくなくて、会わせる顔がなくて、怯えて走り続けたまま一夜を越しただけ。
「…ああ」
「でも皆、残念がってたぞ。今度また全員で集まろうって話してたんだ」
「…ああ。そうだな」
 人を見捨てて逃げた人間の顛末が、裏切り者の行く末が、幸せな物語など何処にあるだろう。これはごくシンプルであまりに当然の報いなのだ。
「皆に…」
 裏切り者のキャプテンとして、まるで皆の幸せのための犠牲になっているとでも言うような、身勝手で、他人を言い訳に正当化する自分が見苦しくて、大嫌いだ。半田と染岡、マックスも、栗松、影野も、宍戸も少林もあの宇宙人達も吹雪だって、最後には逃げない道を見つけたのに。俺だけ今なお逃げて隠れて、弱いままで情けないのに、一歩前に進むのが、怖くて怖くて堪らない。
「…皆に、会いたいな」
 これが本心だと分かっていながら、流れる涙を信じられない。ぎょっとして立ち止まり、腕を掴んで俺を引き止め覗き込む円堂の視線を避けるように頬を拭い、笑った。
「風丸っ」
「なんでもない」
「サッカーしようぜ!」
「…は?」
 鞄からおもむろにサッカーボールとグローブを取り出した円堂が子供のように笑って河川敷の階段を駆け下りる。昔よく、二人でサッカーをした場所だ。あの頃から円堂はサッカーが大好きで、俺はまだ、やりたいことの一つもなくて。虐められて、ウジウジ悩んで、円堂に手を引いて笑っていて貰わなければ、俯いた顔を上げることも出来ない子供で。
「ほら早く来いよ!風丸!」
 最後に円堂とサッカーをしたとき、あいつはキーパーではなかったから、俺はただの一度も本気で円堂守の立つゴールに正面から立ち向かったことはない。それはとても残念なことで、俺の胸に引っ掛かり続けて揺れ動く。俺はあそこに立つあいつが好きなのだ。
「…円堂!」
 一度として、本気でこの気持ちをぶつけたことなどない。いつも斜め前から、盗み見るようにその輝いた瞳を見つめて、全て満足したふりをして諦めて。
 ずっと、好きだったのだ。それは始まりの話をすれば限りなく記憶の果てに近く、ごく幼い頃からのこと。ずっと、ずっとあの男を思って生きてきた。気付いた瞬間からそれこそ十五年にも及ぶ長い時間をかけてこの気持ちは、側で息を吐く度に、名前を呼ばれ、頼りにされ、勝利の喜びを分かち合う度に、疼くように育ち続けた。ずっと、ずっと好きなのだ。きらきらと眩しい笑顔で自分の手を引く、円堂守という人間が、どうしようもなく好きで好きで、羨ましかった。
「円堂!」
 グローブをはめた手を打ち付けて構え、さあこいと叫ぶその男に、ありったけの願いを込めて叫び返す。何度も何度も呼んだその名前を、まだ、これからも呼びたいと思うから。
「俺がお前から一点取れたら、聞いて欲しい話があるんだ!」
「おう!」
 お前は驚くだろう。でもきっと最後まで聞いて、受け止めてくれるだろう。返事なんていらないんだ。ただお前がそれを知っても俺を拒まずいてくれるなら、最後まで側にいさせて欲しい。友達で良い。
 誰か心からを好きだと言える勇気があれば、俺は一生走り続けていけるから。
作品名:After PRECIOUS DAYS 作家名:あつき