キミと手を繋ぐまで
「ああ……そういえば喧嘩になるたびに出ていくのはおまえだったな」
「そうそう、それで留さんが迎えに来てくれるんだよね」
ふわふわしているようで根が頑固な伊作は、留三郎が迎えに行かなければ長屋に帰ってこなかった。喧嘩の原因が伊作にあろうとけっきょくは折れた時点で留三郎が医務室に迎えに行く。それがいつも、喧嘩の終着地点だった。
留三郎が迎えにくると、伊作はいつも当時の保険委員長である六年生に抱きしめられていたのだ。ちょうど今の伊作と、この一年生のように。上級生に抱きしめられて安心して眠る伊作を見るたびに、なんとも言えない気持ちになった。
それが『悔しい』という感情だと気付いたのは、六年生が卒業する間際だった。当時の保健委員長に「自分はもうすぐ卒業していなくなるから、伊作とあまり喧嘩しないでほしい」とお願いされたときの衝撃はいまでも忘れない。
ドジで怪我ばかりする泣き虫伊作を守っているつもりが、自分はなにひとつ守れていなかったのだ。
それに気付いてからは喧嘩しても、まず話を聞くようになった。伊作は怒ると思考が混乱して言葉が遅くなるから、彼が自分の気持ちをきちんと言葉にするまで待つ。ただそれだけのことができるようになってから、喧嘩はほぼなくなったように思う。
「もうじき夕飯の時間だねえ」
ぼんやりと昔のことを思い出していた留三郎の耳に、間延びした伊作の声が届く。窓から差し込む太陽の光に赤が混じり、夜を教える鳥の鳴き声が遠くに聞こえた。
「どうするんだ、起こすのか?」
「ううん。もうじきこの子と同室の子が迎えにくると思うから、それまで」
「……そうか」
ならば自分もあとすこしだけこの優しい空間にとどまろう。そう決めて、伊作の肩にそっと頭を預けて瞳を閉じる。くすぐったいと彼は笑ったけれど、ちっとも嫌そうな声ではなかった。