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【Alwaysシリーズ 3】 To the dream

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寒さにひどく弱いのは昔からだった。

少しでもからだが冷えると、途端に眠れなくなる。
それでも無理して眠ると、ほとんど100%の確率で悪夢に襲われた。

いつも何かに追われて命からがら逃げている夢だ。
出口はなく、追いかけてくるものを振り切ることは出来ずに、ドラコは弾かれたように飛び起きる。

じっとりと冷や汗が全身を被い、せっかくの暖かなウールのパジャマまで、薄く湿っている。このまま眠るとまた、からだが余計に冷えることは分かっていたけれど、ベッドから起きて、新しい服に着替えようとはしなかった。

この薄闇は重く、ベッドから動きたくはない。
闇に何か潜んでいるようで、怖い。
一人部屋になってから悪夢を見る回数が、途端に増えたようだ。
まだ以前の大部屋のときは、目覚めても誰かの寝息が聞こえてきて、それを聞くと安堵したものだ。
(自分はひとりじゃないんだ)と。

今は監督生の特権のひとつである一人部屋は、底冷えがするほど寒いし、薄暗い。
物音一つしない孤独感。
ドラコは顔には出さない意地っ張りな性格で覆い隠していたが、かなり弱りきっていた。
そんなときふと呟いてしまったのだ。

「――誰でもいいから」

だからその心からの言葉が、実は少しの呪文が込められていたことなど、ドラコは知るよしもなかった。
古くから続く、重くて濃い彼の血筋には、そんなちょっとした奇跡が起こっても、全然不思議ではない。

ドラコが瞬きした次の瞬間、誰かが自分のとなりにいた。
「――ひっ!」
彼の口から小さな悲鳴が漏れる。

新しい恐怖が、自分の目の前に突きつけられた気分だ。
目の前の闇夜から何かが出現したのかもしれない。
ドラコはガタガタ震えた。

恐怖に引きつった顔でそれをまじまじと見つめると、ありきたりな紺のチェックのネルシャツのパジャマを着て、ハリーが枕を抱えたまま、グーグー寝息を立てていた。
暢気そうに眠っているのを確認すると、驚きも恐怖も吹き飛び、一気に怒りが頭に上ってくる。

(なっ!なん……なん、、、何だってこいつがここにいるんだっ!?いったい、どうして?!)
ドラコは腹立たしそうに、ドンと相手をベッドから容赦なく突き落とした。

「―――――いーっ!!」
いきなり寝ているところに、この仕打ちだ。
ハリーは石の床に情けない格好でひっくり返った。
背中を打つ鋭い痛みと突然の安眠を妨害された上に、意味が分からない状況に目を見開いたまま、ポカンと天井を見上げる。

彼の目の前には丸い天窓からの月明かりと、緑色のベルベッドの天蓋があった。
「……ここはどこ?誰かの部屋なの?」
ハリーの疑問はしごく当然のことだ。

「いったいどういうつもりだっ!!なぜ、お前がここにいるんだっ?!」
ドラコは真っ赤な顔でいきり立って、怒鳴りつけた。
「ええっと……、なんでマルフォイがここに?―――っていうか、ここはどこなの?」
まだ真夜中なので寝たそうな顔で、ハリーは半分夢うつつのまま、ぼんやりと相手を見つめる。

ドラコは知るはずもないが、かなり相手は寝起きが悪くて、ちっとやそっとでは朝だって起きはしなかった。
いつもそれでロンは毎朝、入学以来ずっと苦労し続けている。

「ここは君の部屋なの?」
不思議そうな顔で尋ねると、ドラコは眉間にしわを寄せたまま頷く。
ハリーは珍しそうにあたりを見回した。

スリザリンの一人部屋は固い石の壁で出来ていて、堅牢のように重々しくて、とても暗い感じがした。
夏は涼しくてすごしやすいかもしれないが、冬はシンシンと足元から這い上がってくる冷気で、部屋全体が冷え切ってしまっている。ブルッとハリーは身震いした。

「ここはひどく冷えるね。あー、寒い……」
ごそごそと当然のようにハリーはドラコのいるベッドに這い上がってくると、かけ布団をめくってその中に入ってくる。
毛布のはしに包まり、その中にすっぽりと顔をうずめて、さっさと寝ようとする。

あまりにもその動きに迷いがなく、しごく当然そうな態度でベッドに入ってくるから、ドラコは呆気に取られたまま、相手の行動を許してしまった。

やがてハッと我に返り、ドラコは慌てて、相手に食ってかかる。
「おい、出ていけっ!なんで勝手に僕のベッドにまで入ってくるんだ」
足でゲシゲシ蹴って、相手をたたき出そうとするが、ハリーはテコでも動かなかった。
「もう……、別にいいじゃん。これは夢に決まっているじゃないか、マルフォイ。あんなに仲の悪い僕たちがいっしょの部屋にいることなんか、絶対にないから」
当然のように相手は答える。

「しかもここはスリザリンの君の部屋だろ?僕の寮の部屋はここからずっと上の8階の塔だよ。一瞬にして塔の天辺から地下までやってこれるはずはないよ。……だから、これは夢に決まっているよ。寝て起きて朝が来たら、みんな忘れてるさ」
「……ゆ…め、なのか?」
「そうそう」という感じで、ハリーは当然のように頷いた。
「僕か君か、そのどちらかが見ている、ただの夢だよ」
「―――そうなのか……」
ドラコは素直に頷く。

「マルフォイはとてもいい毛布で寝ているんだね。ものすごく軽いし暖かいや……」
ハリーは口元を緩めると、ホニャンとした緩みきった顔になった。
「暖かいだって?僕は毎晩寒くて震えて夜を過ごしているけど――。……あれ、暖かいかも?」
「夢だからね」
何もかもを「夢」の一言で片付けられるのは腑に落ちないが、寝ぼけてみているならば仕方ないのかもしれないと思う。

ハリーは自分より幾分体温が高いのかもしれない。
じんわりと伝わってくる暖かさに、ドラコも気持ちよさそうに目をとじて、再びトロトロと眠りにつこうとした。

しかしドラコの安眠はすぐに崩れた。
ハリーの寝相は信じられないくらいに悪かったからだ。
眠っていても落ち着きのないハリーは、何度もバサバサと寝返りを打って、段々とドラコへと近づいてくる。
ドラコは寝返りの度に弾かれるように、じりじりとベッドのはしへと押されてしまう。
狭いベッドのドラコの後ろはもう壁しかなかった。

(うう……。もう逃げ場がないぞ)
ほとんどからだが触れそうな至近距離に相手の丸まった背中が見えて、ドラコはとても困った顔になる。
確かにハリーが近いほど暖かくて寝心地はいいが、これはこれでやはり落ち着かない状況だ。

やがてハリーはドラコの不安を裏切ることなく、盛大に寝返りを打って、こちらに顔を向けた。
相手のスースーと寝息を立ているのん気そうな顔が、安眠を妨害されているドラコには気に食わない。
「ここは僕のベッドだぞ。しかも僕の夢の中で、やりたい放題しやがって……」
その鼻を容赦なくギュッとつまんでやった。

やがて「ううーっ、――くる…しぃ…」と、眉間にシワを寄せてハリーは身動きする。
「ひどいなー、せっかく寝ていたのに……」
ぶつくさと文句を言いつつ開いた瞳は、深いエメラルド色だった。
息がかかるくらい間近で見たそれは、とても澄んだ色をしている。
漏れてくる月明かりの下、見慣れたレンズ越しではない瞳は、暗い中でも強く輝いて美しい宝石のようだ。

思わず手を伸ばしてそこに触れると、冷たい指先をまぶたに感じて、ハリーは目尻を下げて笑う。