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レイニーデイズ

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けれど金曜日は愛されない


新羅から借りてきた本を開きながら、なおも続く雨を眺めて溜息を吐く。瞼が重く、少々肩が凝っていた。なかなか寝付けないせいでまとわりつくような眠気が常にそばにあるような感覚だった。ソファーで寝起きするということ自体が疲れの原因なのかもしれない。だからと言ってどう改善できるものでもないが。此処から出るなと家主の男に言われ、いってらっしゃいと見送ってからまだそんなに時間はたっていない。そういえば見送ったときの男の表情は見物だった。戸惑っているような、怒っているような。結構無口であるらしい男はその分感情の変化がよく顔に出る。一人暮らしが長いせいで、きっと見送ってもらえることが少なかったんだろうな、と男のプライベートの一面を除き見た気がして気分が良かった。相変わらず名前を教えてくれる気はなさそうだが、それで何が困るというわけでもない。雨もやまなければ、自分のことや他人のことも、思い出せないし、臨也という人間はまだ戻ってこない。仮初のこの休戦を、あの男はいったいどう考えているのか聞いてみたい気もした。俺はパタリと本を閉じる。しおりはその辺にあった紙で代用して、飾り気のない机の上にそれを置いた。怠惰なことこの上ないのは分かっているが、眠いものは眠く、そしてすることもない。掃除をするぐらい構わなかったが、下手に触れて殴りかかられるのも嫌だ。未だに男のことはよくわからない。バスルームにあるバスタオルをブランケットがわりにかぶり、クッションを枕にして体を丸めた。少し寒かった。

ふと、眼を覚ましたのは物音がしたからだ。玄関の扉が開く音靴を脱ぐ音、近づいてくる荒っぽい足音。起き上がってお帰りといって、そうして奇妙にゆがむ男の表情を見てもかまわなかったが、眠っていたのは単に面倒だったからだ。男は基本的に俺という存在を無視するが、いつだってそれができるわけでもなく、ある程度の気は使っているようでそれがなんだか煩わしいのだ。そんなことを言ってはこの男に対してあまりにもひどい気がするので未だに黙したままであるが。足音は荒いまま近づき、傍らでピタリと止まる。蹴られたりまさかボディーブロウでも食らわせる気かと、なんだかんだで沸点の低い男の内心を想像してみるが、攻撃してくる様子はなかった。ソファに座りたいのだろうか、邪魔なんだろうかと俺が真剣に考えていると、腰のあたりでわだかまっていたバスタオルが首もとまで引き上げられた。その手は普段の男から考えられないほどの繊細さで、それから溜息を吐かれた。

「手前の記憶はいつ戻るんだろうな。」

男は囁くような穏やかさで言葉をこぼした。その言葉には荒々しさも、毒気も一切なく、大人が子供に言い聞かせるときのような妙な柔らかさを含んでいた。多分男にとって、俺が起きているかどうかなど大した意味を持ってないのだろう。どうせ返事をほしがっているようではなかったし、独り言にいちいち口をはさんでやるほど俺は野暮でもお人よしでもない。臨也という男はどうか知らないが。だから俺は寝たふりを続けた。起きてやる気はみじんもなくなっていた。
男はそんな俺の内心を知ってかどうか、自分の寝室の方へと歩いて行った。足音は相変わらず荒々しいまま、もしかしたら彼の常はそんなものなのかもしれない。ふと眼を開ける。扉のしまるのを目で追って、どうしてあの日、自分はこの男を引きとめたのかを考えた。引き留めたのは俺ではなく臨也の方で、すると一体臨也は男を何だと考えていたのだろう。そんなことを考えても仕方がないことは分かっていたけれど、男を見るとそんなことをつい考えてしまう。去っていく背ばかりを眺めて、なんだか引き留めたくなる内心がひどく不可解ではあったのだけれど、結局どうすることもかまわないから俺は相変わらずの部屋の中で目を閉じる。

薄暗い部屋の中を満たすのは雨の音だけだ。降り続づける雨は、いまだやむ気配はない。
作品名:レイニーデイズ 作家名:poco