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たかなつき
たかなつき
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運命の輪はメビウスのごとく

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ED 凶弾


 戴冠式の当日。いやに晴れたこの日の青空。
 執務室でデニムは盛装した己の胸ポケットを撫でつけた。空虚な感覚は消えずに、そこに巣くっている。正当なヴァレリアの統治者の血を持った姉は死に、彼女を死に追いやった自分が代わりにその座に就こうとしている。

(――僕はいったいどこで間違えてしまったんだろう?)

 本来なら姉がその額に冠を戴くはずだった。それなのに彼女はここにはいない。デニムが彼女を追い詰めたせいで、自ら死を選んだ。デニムの目の前で。
 あの時、デニムは無理やりにでも彼女を取り押さえて自害の危険を取り除くべきだったのだろうか? 否、姉は絶望していた。仮にあの時救えても、きっとその先で同じことを繰り返していたのだから結果は変らなかっただろう。
 姉との会話を思い出しながら、デニムはそれまでの己の選択を振り返る。どうしてあそこまで姉を追い詰めてしまったのか、それに気付けなかったのか、どこまでも悔いが残る。もしもう一度やり直せるならきっと自分はなんだってするだろうに。

「デニム様。お時間です」
「――……ああ、わかった。すぐに行こう」

 侍女に呼ばれて、デニムはだいぶ長い時間自分が思考の海に沈んでいたのを知った。そうして一つため息をついて気持ちを切り替える。これから君主として式典に臨むのだから、私人としての物思いはここまでにしなくてはならない。
 そう思ったデニムの視界の端に繊細な模様を施された絵−−タロットカードの裏面−−が映り込んだ。自分が蒐集しているそれがどうしてこんなところに一枚だけ落ちているのか、と拾い上げる。現れた柄は円環――逆位置の運命の輪のカード。表す意味はいずれも好ましくない。
 デニムは一瞬だけ躊躇ってそれを服の内側、つまり胸ポケットに仕舞い込んだ。薄い紙一枚、さして目立つことのものでもない。

(運命の輪、か……僕の、僕らの運命はどれほど波乱に満ちたものだったのだろうか……)

 デニムは運命の日のことを思い返す。
 平和に暮らしていたゴリアテの街をロスローリアンに襲われ、父を失った。姉と親友の三人で反バクラム人・反バルバトス卿の活動に参加した。人違いで狙った聖騎士ランスロットと共にウォルスタ解放軍の指導者ロンウェー公爵を救出し、ゴリアテの英雄などと呼ばれた。思えばあれが転機だった。これを機に戦いの大きな運命の輪に呑まれたのだった。
 ロンウェー公爵の指揮のもと、戦いに参加した。途中まではよかった。デニムが参加した作戦はどれも成功していたから。だが、あのバルマムッサでの作戦。バルマムッサでの同胞の大虐殺をデニムは拒んだ。逆にヴァイスは虐殺に加担し、作戦は成功した。デニムが作戦に従おうと拒もうと結末は変らなかったのだろう。虐殺の折り、共に戦線を駆け抜けた騎士ラヴィニスはヴァイスから受けた傷で亡くなった。
 虐殺の罪を着せられてデニムはウォルスタ・バクラム両陣営に追われる身となった。そのさなかに再会したヴァイスはデニムたちを殺そうと罠を張っていた。自分たちが決定的に立場を違えてしまったことを悟ってデニムはやるせなさと絶望を味わった。親友に裏切られた事実と命を狙われるその絶望を。
 それでもデニムにはヴァイスを憎むことはできなかったのだけれど。
 やがて情勢は変り、デニムは侯爵の右腕のレオナールの説得によりウォルスタ開放軍のロンウェー侯爵のもとへ戻った。それに反発したヴァイスは出奔し、デニムはその追討の命を受けた。
 ヴァイス追討の命に苦悩する傍ら、デニムは次々と作戦を成功させていった。任務に忙殺される中で、不安がっている姉に気付くことができなかった。父と思っていた相手が実はそうでなかったと聞かされた時も(結果として姉だけが血のつながりがなかったのだが)、デニムはどうすることもできずに苛立ちと不安をぶつけられるだけだった。やがて彼女はゴリアテへと去り、デニムと敵対することになる。
 姉が離れていった頃にロンウェー公爵は殺された。権力欲にとり憑かれたヴァイスの手にかかって。ヴァイスもその場にいた騎士の手で討たれた。デニムがヴァイスの中の闇の真相を知る事は永遠に出来なかった。
 ロンウェー公爵を失ったウォルスタ解放軍は新たな指導者にデニムを求めた。抗えない同胞の強い声に従い、デニムはその座に就いた。
フィラーハ教の大神官モルーバの協力を得て、ウォルスタ解放軍は確実に摂政ブランタ・モウンの力を削いでいった。
 バーシニア城を攻略するなか、再びデニムは姉・カチュアと相見えた。姉は心のどこかで絶望していたのかもしれない。デニムの選択はただその絶望を後押ししただけだったのかも知れなかった。
 誰も自分を見ようとしない、王女であることしか見えていない、と訴えた彼女は絶望して短剣を手にとった。

「ごめんね、デニム」

 最期に姉はそう小さく言って、自らの胸に切っ先を突き立てた。崩れ落ちた彼女の体から熱が失われていくばかりで、デニムはただ抱きしめるしかできなかった。最期に浮かべられた悲しみの入り混じった微笑をデニムは忘れられない。
 姉を失う代わりにバーシニア城を落とし、王都ハイムも手に入れた。摂政ブランタは戦死し、デニムのウォルスタ解放軍としての戦いは終わった。代わりに戦後処理が始まり、デニムに覇王としての責務が待っていた。庶務・雑務に追われながらも、空中庭園に逃げ込んだロスローリアンを追撃し壊滅状態させた。知られざるカオスゲートは永遠に閉ざされ、永かった波乱は今日の戴冠式を区切りに就くような気がした。

(ねぇ……これでよかったの? 父さん)

 姉を救えず、友を失い、多くの人が自分のもとから去っていった。
「大義」の礎となれ、という父の遺言に従いヴァレリアを統一したものの、デニムは胸に空虚を抱えている。
 問いかけても返ってくるはずのない問いにそっと蓋をして、デニムは執務室をあとにした。