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Hitze〔銀新〕

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その音に、慌てて新八は玄関へと急いだ。案の定、酔いつぶれた銀時が廊下で潰れていた。
「ちょっと、銀さん」
力の入っていない体を、腕を回してなんとか引きずるようにして部屋に連れていく。
「おー新八。お前起きてたのか…」
「起きてたのかじゃないですよ。もう、本当に飲みす…ぎ…」
アルコールの匂いがした。確かに強く、こちらが酔いそうなほどのアルコールの匂い。
でも、その中に混ざる甘ったるい匂いを新八は逃さなかった。
(おんなの、においだ)
初めてだった。こんな匂いをまとわりつかせる人ではなかった。
どさりと乱暴に布団へ放り投げた。銀時は意味不明な言葉を零し、時々気持ちわりーと言う。隣に並べた自分の布団に、新八はすぐには入れない。
「どこ、言ってたんですか?」
「あー、お前どこって飲みに行ってたに決まってるだろー」
(うそ)
嘘、嘘、嘘吐き。
「それだけ?」
「それだけって、何だよ」
少し酒が抜けてきたのか、銀時が体を起こす。
「あ、心配しちゃった?新八~」
ふざけるな。
「べ、別に銀さんがどこで何してようが僕には関係ないですけど!家には神楽ちゃんだって、僕だって泊まる事もあるんですから!」
「はあ?」
とぼけるような返答が、ますます新八を加速させる。気持ちが暴走していく。
「この家には、女の人なんか連れ込まないでくださいよ」
新八の吐き捨てるような言葉に、ようやく意図していたことがわかり銀時はあーと言って頭をかいた。
「はいはい。お子様にはまだちょっと早いもんな。わかってるよ」
違う。そうじゃない。
(自分は)
「こっ、子供扱いするのはやめろよ!」
頭に置かれた手を力一杯振り払う。
子供扱いされたくない。でも、そんな生々しい何かを、ここに持ち込まないで。そんなもの僕には見せないで。
そんなあなたを、僕は何も知らない。
「……へえ?」
顔を覆っていた手を銀時に無造作に掴まれ、そのまま力任せに布団に転がされる。
「いたっ」
痛みは体中を電気のように駆け巡る。
見上げれば、天井と銀時の顔が見える。眼鏡を外したままだったので、近くにあった銀時の顔だけがよりリアルに見えた。
「な、に」
熱が。
知らない熱が、温度を上げる。行き場所もないまま、さまよう。
銀時の手が、顎を掴むようにして新八の顔をこちらに向けさせた。
その熱い手が、温度を伝える。
「子供じゃないんだろ?」
唇は、容赦なく塞がれた。がちりと鳴って、歯が当たる。ぬるりとした感触が、すべてを支配した。
「ち、歯が当たったな」
ほんの一瞬の出来事だった。新八がやめろとその手を振り解くこともないまま、終わったキスだった。
なのに、体は震える。
「な…なんで」
「冗談だよ。じょーだん。ほら、お前に教えとこうと思って」
「なに、を」
「俺、お前らの保護者な前にただの一人の男だってことをさ」
(一人の、おとこ)
「…じゃあ、銀さんにとって僕って何ですか」
「何って」
(何を言うつもりなんだろうか、僕は)
震える体で、必死に言葉を探す。有り余る力を拳に集めて、布団を握り締めていた。
「僕でも、その相手になりますか?」
知りたい。どんなことでも、あなたのことが知りたいんだ。
「……何言ってんだ」
「銀さん!」
その場から離れようとする銀時を、今度は新八が襟元を掴んで引き寄せた。ゆっくりともう一度あの熱を確かめようと、唇を近づけた。
「お前ガキだからな。ガキには興味ないよ」
(ガキ…)
「離せ。…ソファーで寝る」
二度目はどうする事も出来なかった。目の前が、涙で視界が歪む。力は失われて、そのまま布団へ顔を押し付けるようにした。
(よりにもよって、その理由かよ)
届かない。埋まらない、絶対的なもの。
知らない過去と背負ってきた傷と、痛み。その全部を知りたい。
泣くしか出来ない、こども。

 

扉一つ挟んで、傷ついた子供が小さく泣く声が聞こえた。それは本当に小さく、押し殺すようだった。
「何してるんだ、俺は」
返事はあるはずもない。自分で招いた出来事だ。
新八が泊る夜は、ここにいずらくなった。その熱の正体はすぐにわかる。汚く、醜いだけの欲望だ。
いくら飲んでも酔いきれない。もう、ずっと前からそうだ。
酒を覚えたのは昔の話だ。
戦場の血の匂い、ささやく亡骸の声、今いる場所が崩れ落ちそうになる幻想。
すべて逃れたくなって、ただひたすらに飲んだ。どれだけ飲んでも足りなかった。今も、足りない。
変わってない。
いつもただ、逃れたくて酒に手を伸ばす。まるで子供で、いつもそうして自分は。
(……子供なのはどっちだか)
抑えきれない熱は、自分を焦がす。
知られたくない。こんな醜く、どうしようもない自分を知られるわけにはいかない。
どうしようもない、大人。
作品名:Hitze〔銀新〕 作家名:マキナ