みんな誰かの愛しい人（虎兎）
その日、シュテルンビルトにあるヒーロー達が共有しているトレーニングルームに現れた、アポロンメディア所属の二人のヒーローは実に対照的だった。
コンビを組まされているこの二人はそもそもからして対照的で、一人は若く、ルックスも完璧ながら、自身の名を隠すことなく堂々と晒し、スーパールーキーの名に相応しい活躍を見せる人気者。方や若いとは言えない、デビューして１０年を超えるベテランだというのに、コンビを組んだ後もいまだポイント０のまま人気も右肩下がり。
アポロンメディアも若くてこれからのヒーローであるバーナビーの引き立て役として虎徹を組ませたわけだが、当人達の相性もいまいちなのか、望んだ成果はまだ出ないままである。
しかしこの日、気味悪いほどご機嫌で浮かれていたのは、その右肩下がりのベテランヒーロー虎徹の方だった。
口笛まで奏でながら、足取りも軽くトレーニングルームに訪れた虎徹に、すでにその場にいたヒーロー達は不気味さほど感じた。いつもは二日酔いか、または朝早いことからかヒーローにあるまじきだらしなさで現れるというのに、今日はなんだか生き生きしている。姿勢は真っ直ぐだし、スーツにはぱりっとアイロンがかかっていて、いつもよりかっこよく見えると言ってもいいほどの変わりようだ。
それに比べて、そんな虎徹の後から来たスーパールーキーのバーナビーは、見るからに不機嫌だった。虎徹のそんな様子に苛立っているのかもしれないとも思えたが、いつも完璧であるはずのバーナビーがどこかやつれて見える。顔色は白く美しい肌を通り越して、青ざめているようにも思えたし、何よりその足取りが重たい。
「よお、今日も完全ホールドしてるか？スーパーアイドル！」
「はい？！」
どうやら本格的にいつもとテンションの違う虎徹に、カリーナは付いていけずに正直ちょっと引くほどだ。そんな虎徹につっこみの一つも入れようとしない、というより入れる気力もないのか、バーナビーは無言。挨拶すらしないのはおかしい。
「ちょ、ちょっと何、何なのよ」
誰もが聞こうとしていたその一言を、真っ先に言わずにはいられなかったカリーナが虎徹に問い詰める。
「いやー、今日の俺は機嫌がいい」
「そんなの言われなくても十分わかってるわよ」
「あ、やっぱわかる？わかっちゃうか」
満面の笑みでカリーナの肩に手を回してくる虎徹。
「ちょ、なんかもう、超めんどくさいんですけど…」
「いやいや、聞けよ。聞きたいだろ？」
「つーかもうそれ、あんたが話したくてしょうがないんでしょ。さっさと言いなさいよ！」
「娘がさ～、こないだの発表会で凄かったんだよ。もう妖精…いや俺に舞い降りた天使だな。そのお祝いで、今日は二人で食事ってわけなんだよ」
「いや、全然要領得ないんですけど…」
カリーナの言うとおり、何の発表会で、どう凄かったのかまるで要領の得ない説明ではあったが、虎徹が浮かれるだけの理由は大方把握出来た。となれば、残るはバーナビーの方だ。
「で、ハンサムは方はどうしたのよ？」
浮かれる虎徹を押しのけて、カリーナはバーナビーの方へ向かう。近くで見るとより一層顔色が良くない。
「え、何、もう俺のターン終わりかよ！」
もっと聞いて欲しかった虎徹の嘆きは無視され、すでに皆の視線はバーナビーに集中している。バーナビーの方はあまり答えたくはなかったが、これだけ注目されては無視するわけにもいかず、しぶしぶ口を開く。
「ちょっと体調がすぐれないだけですよ」
「体調がすぐれない？！」
驚いたように声を上げるカリーナに、さすがのバーナビーも不機嫌をあわらにする。大事にしたくはなかったのに、これで台無しだ。
「そんなたいしたことじゃありませんよ。仕事に支障をきたすようなことはありませんから」
「いや、そりゃハンサムはそうでしょうけど…、そういうことじゃなくて」
「何ですか？」
鋭い視線で返され、カリーナは上手く言葉が出てこずに口ごもるしかない。
カリーナはバーナビーが体調を崩すなんて考えもしなかったし、ただ事じゃないと驚きの方が大きかっただけで、もちろん心配にもなった。それを上手く伝えたかったのだが、お節介を嫌がるバーナビーに対して上手い言い方が続かなかったのだ。
「カリーナは心配だって言いたかったのよ」
彼女の気持ちを代弁するようにネイサンが言うも、バーナビーの態度は変わらない。体調が悪いのも手伝って、周りの人間に配慮するだけの余裕が持てなかった。
「それはありがたいですが、大丈夫です。子供じゃないんですから、なんとかしますよ」
突き放すのようなバーナビーの言葉に、カリーナも素直になれるわけもない。
「あっそう！だったらお好きにどうぞ」
すっかり機嫌を損ねたアイドルは、お手上げと言わんばかりに両手を上げて、わたしシャワー浴びてくるとその場を後にした。
虎徹の浮かれムードはすっかり払拭され、その場は重たい空気に包まれる。それが自分のせいだという自覚がバーナビーにもあったが、今は自分の体調と戦うだけで精一杯だ。
うつくむバーナビーの様子に、ネイサンは溜息を吐いて彼の元へ行く。
「今のはちょっと、よくなかったわね」
「……」
バーナビーからは何の返答もなかったが、それこそが彼も反省しているということだった。顔には後悔していると書いてあるも同然。
そんな様子に、まったく不器用な子ね、とネイサンはバーナビーを不憫に思う。
メディアやファンに対してはあれだけ器用に振舞っているというのに、実際の彼は酷く人間付き合いが下手だ。ただ、それも裏を返せば、自分と同じヒーロー達には仕事用の仮面でなく、本心で付き合おうとしているのだから可愛くも思えなくはない。だが、それをまだ十代のカリーナに分かれというには無理があって当然だ。
「わかってるなら、今日のトレーニングくらい休みなさいよ。なんで家で休んでないの？」
「…この後、夕方の生放送があるのでそれは休めませんから」
「そう。自分で大丈夫って判断したなら、あたしからはこれ以上言わないけど。風邪といえど、無理は禁物よ」
「はい、わかってます。トレーニングはやめて、時間まで休みますから」
「それが懸命ね」
バーナビーはそのままふらふらと頼りない足取りで、トレーニングルームを後にした。
その背中を何も言わずに見送る虎徹に、ネイサンはバンッと痛いほどに背中を叩いてやる。勢いで前につんのめりながら、虎徹は背を丸めて不満そうな顔でネイサンを振り返る。
「いってぇなあ！」
「ちょっと、パートナーのあんたは気づかなかったわけ？」
「……」
「気付いてたんでしょ」
「まあ、そりゃ…な」
「じゃ、一通りのお節介は焼いたわけね？」
もちろん、虎徹も浮かれまくっていたとはいえ、見るからにいつもと様子の違うバーナビーに気付かないわけがない。
コンビを組まされているこの二人はそもそもからして対照的で、一人は若く、ルックスも完璧ながら、自身の名を隠すことなく堂々と晒し、スーパールーキーの名に相応しい活躍を見せる人気者。方や若いとは言えない、デビューして１０年を超えるベテランだというのに、コンビを組んだ後もいまだポイント０のまま人気も右肩下がり。
アポロンメディアも若くてこれからのヒーローであるバーナビーの引き立て役として虎徹を組ませたわけだが、当人達の相性もいまいちなのか、望んだ成果はまだ出ないままである。
しかしこの日、気味悪いほどご機嫌で浮かれていたのは、その右肩下がりのベテランヒーロー虎徹の方だった。
口笛まで奏でながら、足取りも軽くトレーニングルームに訪れた虎徹に、すでにその場にいたヒーロー達は不気味さほど感じた。いつもは二日酔いか、または朝早いことからかヒーローにあるまじきだらしなさで現れるというのに、今日はなんだか生き生きしている。姿勢は真っ直ぐだし、スーツにはぱりっとアイロンがかかっていて、いつもよりかっこよく見えると言ってもいいほどの変わりようだ。
それに比べて、そんな虎徹の後から来たスーパールーキーのバーナビーは、見るからに不機嫌だった。虎徹のそんな様子に苛立っているのかもしれないとも思えたが、いつも完璧であるはずのバーナビーがどこかやつれて見える。顔色は白く美しい肌を通り越して、青ざめているようにも思えたし、何よりその足取りが重たい。
「よお、今日も完全ホールドしてるか？スーパーアイドル！」
「はい？！」
どうやら本格的にいつもとテンションの違う虎徹に、カリーナは付いていけずに正直ちょっと引くほどだ。そんな虎徹につっこみの一つも入れようとしない、というより入れる気力もないのか、バーナビーは無言。挨拶すらしないのはおかしい。
「ちょ、ちょっと何、何なのよ」
誰もが聞こうとしていたその一言を、真っ先に言わずにはいられなかったカリーナが虎徹に問い詰める。
「いやー、今日の俺は機嫌がいい」
「そんなの言われなくても十分わかってるわよ」
「あ、やっぱわかる？わかっちゃうか」
満面の笑みでカリーナの肩に手を回してくる虎徹。
「ちょ、なんかもう、超めんどくさいんですけど…」
「いやいや、聞けよ。聞きたいだろ？」
「つーかもうそれ、あんたが話したくてしょうがないんでしょ。さっさと言いなさいよ！」
「娘がさ～、こないだの発表会で凄かったんだよ。もう妖精…いや俺に舞い降りた天使だな。そのお祝いで、今日は二人で食事ってわけなんだよ」
「いや、全然要領得ないんですけど…」
カリーナの言うとおり、何の発表会で、どう凄かったのかまるで要領の得ない説明ではあったが、虎徹が浮かれるだけの理由は大方把握出来た。となれば、残るはバーナビーの方だ。
「で、ハンサムは方はどうしたのよ？」
浮かれる虎徹を押しのけて、カリーナはバーナビーの方へ向かう。近くで見るとより一層顔色が良くない。
「え、何、もう俺のターン終わりかよ！」
もっと聞いて欲しかった虎徹の嘆きは無視され、すでに皆の視線はバーナビーに集中している。バーナビーの方はあまり答えたくはなかったが、これだけ注目されては無視するわけにもいかず、しぶしぶ口を開く。
「ちょっと体調がすぐれないだけですよ」
「体調がすぐれない？！」
驚いたように声を上げるカリーナに、さすがのバーナビーも不機嫌をあわらにする。大事にしたくはなかったのに、これで台無しだ。
「そんなたいしたことじゃありませんよ。仕事に支障をきたすようなことはありませんから」
「いや、そりゃハンサムはそうでしょうけど…、そういうことじゃなくて」
「何ですか？」
鋭い視線で返され、カリーナは上手く言葉が出てこずに口ごもるしかない。
カリーナはバーナビーが体調を崩すなんて考えもしなかったし、ただ事じゃないと驚きの方が大きかっただけで、もちろん心配にもなった。それを上手く伝えたかったのだが、お節介を嫌がるバーナビーに対して上手い言い方が続かなかったのだ。
「カリーナは心配だって言いたかったのよ」
彼女の気持ちを代弁するようにネイサンが言うも、バーナビーの態度は変わらない。体調が悪いのも手伝って、周りの人間に配慮するだけの余裕が持てなかった。
「それはありがたいですが、大丈夫です。子供じゃないんですから、なんとかしますよ」
突き放すのようなバーナビーの言葉に、カリーナも素直になれるわけもない。
「あっそう！だったらお好きにどうぞ」
すっかり機嫌を損ねたアイドルは、お手上げと言わんばかりに両手を上げて、わたしシャワー浴びてくるとその場を後にした。
虎徹の浮かれムードはすっかり払拭され、その場は重たい空気に包まれる。それが自分のせいだという自覚がバーナビーにもあったが、今は自分の体調と戦うだけで精一杯だ。
うつくむバーナビーの様子に、ネイサンは溜息を吐いて彼の元へ行く。
「今のはちょっと、よくなかったわね」
「……」
バーナビーからは何の返答もなかったが、それこそが彼も反省しているということだった。顔には後悔していると書いてあるも同然。
そんな様子に、まったく不器用な子ね、とネイサンはバーナビーを不憫に思う。
メディアやファンに対してはあれだけ器用に振舞っているというのに、実際の彼は酷く人間付き合いが下手だ。ただ、それも裏を返せば、自分と同じヒーロー達には仕事用の仮面でなく、本心で付き合おうとしているのだから可愛くも思えなくはない。だが、それをまだ十代のカリーナに分かれというには無理があって当然だ。
「わかってるなら、今日のトレーニングくらい休みなさいよ。なんで家で休んでないの？」
「…この後、夕方の生放送があるのでそれは休めませんから」
「そう。自分で大丈夫って判断したなら、あたしからはこれ以上言わないけど。風邪といえど、無理は禁物よ」
「はい、わかってます。トレーニングはやめて、時間まで休みますから」
「それが懸命ね」
バーナビーはそのままふらふらと頼りない足取りで、トレーニングルームを後にした。
その背中を何も言わずに見送る虎徹に、ネイサンはバンッと痛いほどに背中を叩いてやる。勢いで前につんのめりながら、虎徹は背を丸めて不満そうな顔でネイサンを振り返る。
「いってぇなあ！」
「ちょっと、パートナーのあんたは気づかなかったわけ？」
「……」
「気付いてたんでしょ」
「まあ、そりゃ…な」
「じゃ、一通りのお節介は焼いたわけね？」
もちろん、虎徹も浮かれまくっていたとはいえ、見るからにいつもと様子の違うバーナビーに気付かないわけがない。
作品名：みんな誰かの愛しい人（虎兎） 作家名：マキナ