枯れた日々【静帝】
「お疲れですか?」
籠いっぱいに薬草を摘んだ少年に声をかけられる。
それが帝人との出会いだった。
静かな始まりだ。
擦り切れて怒る気力もない自分に静雄は笑った。食べようと追い求めたうさぎは少年の腕の中で震えている。
「飼ってるのか?」
「特にそういうわけではないですけど……僕にはこれって食べ物じゃないです。お腹空いているなら、どうぞ」
首元を掴まれて静雄へと渡されそうなうさぎは緊張に耳を小刻みに震わせていた。脱力してしまう。
「わりぃ、いいや」
空腹で頭がおかしくなっていると思いながら静雄は折角の食べ物を拒絶した。噛みついて生肉を食べるのも火を起こすのも面倒になってしまった。近くの木にもたれて少年を見れば井戸に腰掛けて手に持っていた葉っぱをうさぎに食べさせていた。
「やっぱりお前のなんじゃねえか」
少年は「違いますよ」と笑ったがいつの間にかうさぎの数は増えていた。毛玉の群れはもう肉の塊には見えない。静雄は理由が分からなかった。空っぽの胃は何かを求めていたというのに心の方は満足していた。
「俺は誰かに会いたかったのか」
「誰でもいいんですか?」
不思議そうな顔をする少年に独り言を口にした恥ずかしさを思う。
「誰だって最期に誰かに会いたいと思うだろ?」
首を傾げる少年からは同意は得られそうにない。
「おやすみなさい?」
「死にたくねえけどな」
少しズレたような少年がどうしてここにいるのか静雄は気になった。解き明かしたいとまでは思わないが悪足掻きのように会話をしたい。
思えば人と会話をすることはあまりなかった。自分の性質のせいだとしても暴力は言葉ではない。村から出ることを引き留めてくれた弟ともっと話せばよかったのかもしれない。
「頑張れば何とかなったのか……」
後悔を口にすれば近くから「そんな上手くいきませんよ」と笑い声。少年が静雄の血の流れ続ける腕に息を吹きかける。痛くて少年に対してか傷に対してか腹が立った。けれど少年の真剣な瞳に「どうにかできるのか」と尋ねてしまう。やはり死にたくないのだろう。
「鉄を、鉛ですか? もらってしまったんですね。このままだと傷が塞がらないで肉は腐っていきます」
「知らねえ。見たことねえ筒が」
「様子見に使われたんです。新しいものがどれほどのモノか自分の兵ではなく流れの者をぶつけて計った」
「俺は死ぬのか」
「死にませんよ。生きる気があるなら」
どこかはぐらかされている気がしたがどうでもいい気分だ。少年が静雄を撫でる指先が優しくて心地が良かった。他人にこんな風に触れられるのは初めてかもしれない。誰とだって距離があった。それは淋しいことだった。
「死ぬ気はねえ」
「生きる気は? 大切なのは前を見ることです」
自分よりも年下の何も知らないような子供に偉そうなことを言われても静雄は腹が立たなかった。
「生きる気があるなら薬草を使いますけれど、どうでもいいんでしたら、そのまま死んでください」
「あぁ、そうだな。使うなら生きなきゃな」
「崖の近くにあった痛み止めですから高価なんですよ」
少年はそう言いながら惜しげもなく静雄の傷口に塗りこんだ。赤紫に肌が染まるが痛みは和らいだ。
そんな気がしただけかもしれない。勘違いだとしても構わない。少年の指先は優しかった。
「おまえ、名前は?」
「目が覚めてあなたが覚えてたらお話ししましょうか」
答えになっていない少年に峠を越えないと自分は死人なのだと理解した。無駄なことはしないのだろう。このまま静雄が目を覚まさなかったら少年が弔ってくれるのだろうか。それとも、森の動物たちの餌か。