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みっふー♪
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novelistID. 21864
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夏嵐ヴァカンス

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「怒ったんスか」
彼は訊ねた。――バカな質問しやがって、って、後ろから早足で着いて行きながら口の中にひとり呟く。
「怒ってはいないです」
足を止めて先生が振り向いた。
「ただ、しょーがないなぁって、」
笑った先生の髪が揺れた。
「すいませんねいつまでもガキで」
追いついて、わざと不貞腐れたふりで、彼を見て先生がすっと目を細めた。
「私もズルイのかもしれません」
「……え?」
跳ねた頭を揺らして彼が目を上げた。先生は満面の笑みで受け止めて、
「そやって君が拗ねてくれて、ちょっと嬉しかったりもするんです」
「……。」
――ホント、しょーじきだなァって、だからやっぱズルイのかもしんないなって、自覚があっても無意識でも、どっちにしても叶わないと彼は思う。
「ホラあっちの方、あんまり灯りがついてませんよ」
笑いながら彼の着流しの袖を引く先生に、――だからー、さっきのコトバのあとで暗がりに連れ込んでどーする気だっつーの、溜め息混じり、精一杯作った呆れ声に、
「したいんですか」
「ダメですか?」
真顔に訊ね返す先生の声も真っすぐな瞳の色も、
「……。」
――だからどー返せっつーんだよ! 人の流れからそれた境内の石燈籠の陰に隠れて一瞬だけ重ねた唇はほんのり冷たくて、知らないはずの遠い南国の味がした。


(3)三日目

「――え」
聞いてなかった、てか初めていま聞いた、彼は訊ね返した、
「夜までいられるんじゃないんスか」
……だって、だったらわざわざ先生にエアコンの修理頼んだりしなかったのに、――あとぱそこんのえろサイトの履歴の消し方とか物々交換で巡り巡ってウチにやって来た中古のサラウンド5.1ちゃんねるウーファースピーカーの取り付け位置設定とか競馬新聞ごそっと渡して次のレースの狙い目検証してもらったりだとか、――あとねー、俺最近塩ぽんずばっか食ってんすよー、こっちとコッチ配合変えてあんすけどドッチがウマイすかねー、とか他にもっと、有意義な時間の使い方がいくらもあったはずなのに。
「私の計算ミスですね」
静かに笑って先生が言った、「そろそろ時間切れみたいです」
「……」
先生の姿はもう、半透明とはいかないまでもだいぶ色が褪せてきている。袂に腕を組んで彼は黙った。それからぼそりと、
「花火どーすんすか、」
――昨日、縁日の帰り、出店でアホほど買ったのに、ウチのじょーちゃんぼっちゃんどももそりゃもうえれぇ楽しみにしてて、ちゃっかり下のばーさんたちまで誘ってその気になってんのに。
「惜しまれつつ去る、くらいがちょうどいいんですよ」
軽い笑い混じりに先生が言った、
「ふざけないで下さい!」
――ばん! 目の前の机を叩いて声を荒げて、
「えっ」
下向きの視界の端に、先生の動きが止まっているのが見えた。
「……とか急にやったらビビるでしょ、」
ニカ、顔を上げて口角も上げて彼は陽気に笑ってみせた。――ふぅ、先生が短い息をつく。天パの後ろ頭を掻いて彼は言った、
「いやね、ペース配分ヤバイんじゃないかなーって、昨日の晩あたりからうっすら思ってましたから」
……そうだ、本当はわかってたんだ、だから先生に次々用事頼んで、何事も集中する性質のこの人だから、そしたら時間が経つのも忘れて、いつの間にか夜になってて、リミットオーバーしてるけど、もーちょっとだしまぁいっか、って、ならねーのかよやっぱし。
「……」
聞いていた先生がもう一度息を吐いた。
「……止めてくれればよかったのに」
恨み言ではないけれどぽつりと彼が漏らした言葉、目を伏せたまま彼は返した。
「止めて聞く人なら止めますけど」
「……」
彼が噴き出した。込み上げる笑いを押さえて、「――そうですね、」
くすくす揺れてる長い髪、けれど下を向いたままなかなか顔を上げなくて、
「先生?」
肩に置こうとした手を振り払って先生が踵を返した。
「帰ります、」
心の内を刺すような冷えて尖った固い声、
「ちょっ、先生!」
慌てて机を回って追い掛けて、引き戸の手前、不意に振り向いた先生の身体が胸に倒れ込む。
「……先生?」
迷ったけれど、震える肩に手をやって彼は訊ねた。
「離れたくない」
縋った前合わせに先生が呟く。
「――え?」
――バカだ俺は、ただ黙って抱き締めればそれでいいのに、どうしても先生にその言葉を言わせたくて、言って欲しくて、……だからあなただけじゃない、俺も大概ズルイんです、
「ずっと、君と一緒にいたい」
肩口に押し当てられた声は小刻みに頼りない。俯く頬に手を添えて、どちらともなく唇を寄せ合う。
「……やっと言えた、」
彼が拭った睫毛の先に薄く先生の笑みが零れた。もう一度、抱き寄せようとした彼の腕から逃れるように先生はするりと身を引いた。
「さよなら」
「先生!」
床を蹴って踏み出した足が、たったいま先生が立っていた場所に重なる。けれどそこにはもう影さえなくて、唇に確かめるあの人の温もりも。


+++

格安の粗悪品でも掴まされたのか、縁日の出店で仕入れた花火はやたらと煙かった。――まっ、おかげでコッチは助かりましたけどっ、だって花火眺めてめそめそ涙ぐむオッサン、ってそれこそちょっとした真夏のホラーでしょーよ。
「……あー、うなぎになった気分アル、」
煙幕の中でゲホゲホ盛大に咳き込みながらアルアル少女が言った。
「せめて焼き鳥くらいにしといてあげようよ、」
どういう気遣いからか、メガネ少年はそんなことを言って少女をたしなめた。
「ホッケのくんせい鉄板ジャネ?」
闇に紛れた地黒のキャットねーちゃんも、チョーシこいてほざいている。どミドリ頭のメイドロボは煙で誤作動起こしたのか、――ガスが漏れていませんか? ピーピーピーピー警戒音発しては平衡感覚なくした迷子のハチみてーにぐるぐるぐるぐる辺りを八の字回りにうるせーし、店の表にビールケース出して、どっかと腰を下ろしたバーさんが煙管片手に顎をしゃくった。
「酒はコッチで用意しといてやるから、ツマミ調達してきな、」
「……。」
道の端っこでちんまり膝を抱えて手元の線香花火の今際の際を見定めていた彼はもそりと頭を上げた。――なるほどアンタら、最初からアフター花火狙いだったわけですな、まじほんとやってらんねーっすよ、涙も財布の中身も枯れ果てた三十路手前のオッサンに安住の地は果たしてあるのか、……ああ、煙に隠れて星も見えない、哀れなおっさんに光を、負荷リミッターギリギリで口から黒煙噴いてるメイドロボに直ちに補修を。


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作品名:夏嵐ヴァカンス 作家名:みっふー♪