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お題で短文浦一

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悪魔の黄昏



毛布を跳ね上げ、一護は跳び起きた。ぜいぜいと喉が鳴っている。呼吸が荒い。ぞわりと背筋を舐められるような不快な感覚を覚えて、大きく身体を震わせる。今のは、何だったんだ。一護は宙に視線をさまよわせたまま茫然と思う。まだ呼吸が平常のものに戻らない。あの、黒い指先は。一護を背後から絡め取り、喉元から下へと這い進んだ冷たい指先。まるで蛞蝓が身体中をのたうちまわったかのようなおぞましさは、夢にしてはリアルだった。暗闇ではなく、真っ黒に塗り潰されたようなそこで、何かがにんまりと口角をつり上げて笑っていた。捕まえてしまうよ、と一護の喉に冷たくておぞましい10本の指を絡めてくつくつと耳元で笑っていた。思い返して一護は一際大きく身体を震わせた。あの指先の感触がまだ残っている。がむしゃらに喉を擦った。怖い。冷たい。逃げないと。どうしようどうしようどうしよう。思考が乱れて上手く纏まらない。カタカタ震え目茶苦茶に喉を掻きむしる一護を、だがそっと抑える手の平があった。
「一護サン?どうかしたんスか?」
一瞬びくりと跳ねた一護を宥めるようにその手の平は一護のせわしなく上下する腕を摩った。
「う 、らはら」
一護の動悸が嘘のように落ち着きを取り戻していく。ああ、そうだ、ここは浦原の家だ。訪ねて来たら珍しく熟睡する姿があって、眺めている内に自分まで寝てしまったのだった。夕暮れ時の寒気のするような鮮やかな太陽を覚えている。沈み行く太陽の残照がこの部屋の縁側で寝ていた浦原まで呑み込んで黒々とした陰影を畳に伸ばしていた。黒々、という情景を思い出して、一護はまた少し震えた。浦原が落ち着かせるようにぽんぽんと二度腕を叩き、そしてくすりと笑った。
「怖い夢でも見ましたか?」
「……うるせぇ」
ぶすりと唇を尖らして、けれども一護は安心する。ここは得体の知れないあの闇の中ではない。浦原の存在が一護に安らぎを与えるなんて、悔しい気もしたが、あまり考えないようにしようと思った。今は穏やかな眠りが惜しい。もぞもぞと布団にもぐり直しながら、ふと一護は何も言わずに門限を破ってしまった家族のことを思ったが、いつも抜け目のないこの男がいつの間にやら家族には連絡を取っておいてくれていることを思い出し、深く考えなかった。横になり身体を落ち着けると、向かいから浦原の手が伸びて一護を引き寄せた。普段は何だかんだとごねてみせる口だけの文句も今夜は噤む。額を浦原の胸に預け、一護は大きく息をした。これで眠れる。もうあの夢は見ない。あやすように一護の背を撫でる手の平がゆったりとした眠気を一護に齎し、徐々に意識は闇に呑まれて行った。眠りに落ちる間際、耳元で名を呼んだ声と首元を擽った指先と、同じものをどこかで感じたような気がしたけれど、意識を引き摺る力があまりに強くてもうまともに思考は働かなかった。だから一護は、一護を見下ろしてにんまり笑う黒い影のような男の顔を知らない。


(逢魔が時。逃げなくては、ほら、捕まってしまうよ)


作品名:お題で短文浦一 作家名:ao