お題で短文浦一
大人の我儘
囲い込もうとする腕に逆らうことなく身を預けると、頬を寄せた肩口が変なふうに引き攣れた。ほんの微かな反応ではあったのだが、一護の胸中には瞬時にああまたかと虚しさのようなものが広がってゆく。何事も無かったかのように一護を完全に収めた腕に手を重ね、そっと顔の位置をずらす。小さからぬ傷を負っているであろう肩に負担の掛からない位置へ。口元に滲むのは遣る瀬無さと諦めと苛立ちと悲しさと、好意と。ふ、と意図せず零れていく吐息が浦原の首筋を掠めたらしく、くすぐったいとひそめた笑い声が耳朶に直接落とされた。髪を梳かれ、生え際をいちいち唇が辿り、一護は目を細めた。卑怯者、と呟く。また一護の知らぬ何処かしらで、何がしかの問題にかたを付けて来たのだろう。
いつだって、この男は一護よりも何歩も先の世界を歩いていた。背を丸め、やる気のないぼさっとした表情で、カランカランと下駄を鳴らして想像の及ばないところで物事を考えて生きている。いつもいつも追いかけるのは一護だった。あんまり遠くへ行かないで下サイ、アタシをおいてかないで、なんて情けない顔で言う浦原に、いつだって一護はそんなのは嘘だと叫びたかった。放って行かれるのは自分なのに、視界に入らなくなればすぐにだって忘れてしまうくせに、好きだなんて言葉はなんの戒めにもならないくせに。恨みつらみは募るばかりで、けれども一護はそのどれも口にできはしない。どうせ届かないのだと知っているからだ、無力感に項垂れるばかりだと理解しているから。
触れ合っていても二人の距離が遠いのは、一護が離れていくからじゃない。浦原が一護の気持ちを顧みないからだ。想い合っていたってすれ違ってばかりなのは、一護が口を閉ざすからじゃない。浦原が一護を置き去りにして思考するからだ。
結果、いつでも一護は、後から自分に関わる易からぬ物事の裏にことごとく浦原の存在を知る。時にはひどい傷を負い、それを一護は知らせられない。あんまりだ、と思った。憤りのまま詰め寄ったって困った顔でかわされるだけ、無力感を押し付けられるだけ。
浦原の思考力におよそ一護は到達できない。それは互いに理解しているし、構わないとも思っている。だがそれと、何も知らないところで事を終わらせられるのは別問題だった。一護の為であっても、なくても。浦原が関わる限り、それは一護の問題でもあるはずだった。そのことを理解してもらえたためしは無かったのだけれど。
全てが片付いてしまってから何があったと尋ねても、終わったことだと一蹴される。ならばせめて浦原の変化だけは見逃すまいと目を凝らし続け、やっと最近変化が悟れるようになった。悟れるようになっただけだった。
浦原は何も語らない、そのくせ一護に会いたがる。何をするでもなく、ただ腕に抱いて触れて居たがる。存在を確かめるように、ぬくもりを求めるように、その腕の強さと鼓動を感じるたび、一護はお前なんか知らないと言えなくなる。うやむやになどする気はなくても、抱いた好意が全て押し流して優先順位を変えてしまう。
なんでこんな思いしなくちゃなんねぇんだ、と何度も思った、一護がやり切れなくなるのは、見え透いた狡猾さなどではなく、本当に卑怯だと思うのは、
(大人の我儘はいつだってエゴイズムに溢れている)