内緒です
「…やっちゃった…」
いくら頭を抱えても、送信してしまった以上もう取り返しがつかない。
一応内緒モードですぐに冗談だとフォローを入れてはみたがその直後何の返答も無くバキュラ、つまり正臣はチャットルームからログアウトしてしまって見てくれたかも分からない上にそれからずっと携帯がその正臣からの着信で鳴り止まない。
今すぐに出て弁解しなければ取り繕える機会はもう二度と無いだろうと頭では解ってはいるが、如何せん脳がフリーズしていて電話に出たとしても肝心の弁解が出来る気がしない。
普段あんなに愛用している携帯が怖い、いい加減耐えきれなくなって正臣ごめん、心中で本日二度目の謝罪を親友にしてから携帯の電源を落とした。
着信音の止んだ静かな部屋でびしゃびしゃのキーボードをしばらく茫然と眺めていたがこのまま拭かずに放置すれば起きるであろう当然の結果にやっと思い当たり、ヤバい相当動揺している、取り急ぎ布巾でキーボードを拭い動作を確認してみるが特に異常は無さそうで泣きっ面に故障、なんて最悪の事態だけは避けられたと少しだけ落ち着きを取り戻す。うっすらと海鮮臭さは残ってしまったが。
モニターに飛び散っていた飛沫も拭き取ろうとモニター内のチャット画面を見て、もう一つの異変に気づく。
「何で甘、…折原さんも急に落ちて…?」
平穏だったチャットルームは別れの挨拶も無く突如ログアウトした二人に困惑したセットンさんが何事?弾かれた?一人置き去りの状況に変化していた。
勿論このまま平然とセットンさんと二人でチャットを続けられる気はしないので、この際弾かれた事にしてしまおう、僕もそのまま無言で落ちる。
理由は話せないけどセルティさんごめんなさい、かつての恩人にも心中で手を合わせPCの電源を落とす。心中でとは云え親友と恩人に謝罪しなければならないなんて、僕はそこまで悪い事をしているのか。
シーフードヌードルを流しで片付けていたら何だか段々切なくなってきた。
誰にも言えない想いを、大切な人達に内緒にし続けるのはそんなに悪い事なのかだから罰が当たったのか全部僕が悪いのか僕っていうか僕の趣味がいやあの人が悪いんじゃないのか悪いっていうか性格がアレだし本当に何で僕はあんな人が、泣けてきた。
不貞寝しながら脳内を再起動して引き続き親友への弁解を考えようと布団を敷いて電気を消し、夏用の薄い掛け布団を被ってそういえば彼は何故あのタイミングで何も言わずに落ちたのだろうかとまた懲りもせず思い出してしまった時-インターホンが鳴った。
「…!?」
それも一度ではなく二度、三度、何度も何度も。
「ちょ、え、うるさ、ま、正臣…?」
恐る恐る廊下からドアの外に向け声をかけるとインターホンの連打は止まり、一見喧騒は去ったように見えるが僕の頭の中は一段と騒々しい。
違うんだいや違わないんだけど送信するつもりは無くてただ正臣があんまりしつこいから少しムキになって僕の葛藤も知らないでっていっそ心の内を晒せたらスッキリするかなってそれで勢いで入力だけしてでもやっぱり言えないし内緒モードだからって本当に内緒の事なんて言えないしだからすぐ消すつもりだったんだけどなのに手が震えてシーフードヌードルを肘で押して、こぼして、慌てて、それで間違えて押しちゃって、
違う逆だ。これは言ってはいけない方だ。内緒にしたい方だ。
混迷を極めた脳内でドアに辿り着くまでの短い間に巧い弁解が思いつく筈も無くええいままよ、ドアを開いたその先に立っていた人物を見て、今度は僕が何とも言えない表情で眉を顰めた。
これから先は全部、二人だけの。
チャットルーム
・
・
・
内緒モード バキュラ【なぁ本当に誰か、】
内緒モード バキュラ【気になる人とか、】
内緒モード 田中太郎【しつこいよ】
内緒モード バキュラ【いないのか】
内緒モード バキュラ【杏里には内緒にしてやっから】
内緒モード 田中太郎【いないよ】
内緒モード 田中太郎【珈琲はブラックでシーフードヌードルが嫌いでガリガリ君の梨味は好きな人しか】
内緒モード 田中太郎【 】
バキュラさんが退室されました。
内緒モード 田中太郎【冗談だよ】
セットン 【あれ?バキュラさん?】
セットン 【落ちた?】
甘楽さんが退室されました。
セットン 【えええ】
セットン 【何事?弾かれた?】
田中太郎さんが退室されました。
セットン 【ありゃ】
セットン 【田中太郎さんまで】
セットン 【仲間外れ?】
セットン 【まぁただの不調でしょうけど】
セットン 【内緒話は良くないなー】
セットン 【なんちゃって】
セットンさんが退室されました。
チャットルームには誰もいません。
チャットルームには誰もいません。
チャットルームには誰もいません。
・
・
・