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Bad Day

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携帯が、メールの着信を告げた。

手に取ってみると、珍しい人からのメールだった。
内容を見て、それから日付と時間に目をやる。
あの人らしいな、と思うと同時に、思い出す。

―――今日が、1年で1番嫌いな日であったことを。








[ Bad Day ]









ずっとずっと、この日が嫌いだった。

幼い頃から両親は仕事で留守がちで、
1年のうちで数日しか家に帰ってくることはなかった。


大きな家。
広い広い一人部屋。
最新のゲームやおもちゃ。

学校は莫大な資金のかかる私立の進学校で、
有能な家政婦も、優秀な家庭教師もいた。

欲しいものは何だって手に入った。
友達の欲しがるものは、大抵持っていた。



だけど、俺が本当に欲しかったのは、そんなものじゃなかった。
お金で買えるものなら何だって買えるけど、
俺が欲しいものはお金じゃ手に入らないものだった。

手を繋いでくれる母親も、
頭を撫でてくれる父親も、
温かく抱きしめてくれる腕も、
「おかえり」と優しく出迎えてくれる声も、
友達が持っているものを、俺は持っていなかった。

誕生日すら、一度も祝ってもらった記憶がなかった。



沢山のものに囲まれているはずなのに、
心はいつも、どこか空虚で。

それを埋めるかのようにゲームに没頭して、
だけど、いつだって淋しくて、虚しかった。

期待しても裏切られるだけだと、
期待なんて、するだけ無駄なのだと思った。
人間の心なんかより、お金の方が信じられた。




―――そう思っていた俺を変えてくれたのが、あの店だった。




最初は、胡散臭い店だと思った。

頼りなさそうなオーナーに、怪しげなウェイター。
途中から入って来たやつはやたら生意気なちんちくりんで、
何故か店のマスコットにはたぬきがいた。

暫くしたらやめようと思っていたはずなのに、
気付いたら、大切な居場所になっていた。

あの店が、空間が、人が、大好きで。

初めて、あんな風に大勢の人に祝ってもらった。
誰かが自分の誕生日を覚えていて祝ってくれることが
あんなに幸せなことだなんて知らなかった。

幸せすぎて、忘れていた。
誰も覚えていてくれないのなら、
それはまた、1番嫌いな日に戻ってしまうことを。



だから、無意識のうちに記憶から外していたんだろう。
誰の記憶にもないのなら、それは他の日と何ら変わらない。

そう思っていたから、あんずさんからのメールを見て、少し驚いた。
と同時に、日付が変わってすぐに送って来てくれる辺り
あんずさんらしいな、とも思った。


何となく、すぐに返事を返すのも変な感じがして
そのまま携帯を閉じて眠りについた。

仕事中も、何となく昨年のことを思い出したりしていた。
みんなで騒いで、すごく賑やかで、楽しくて、
昨日のことのように思い出せるのに、何だか遠い記憶のような気がしていた。

あの店がなくなってしまった今、
きっと、あんな風に過ごせる日はもう来ないんだろう。
どこか諦めにも似た感覚で業務に追われて1日が過ぎていった。




だけど、そんな俺の予想とは少し何かが違っていた。
作品名:Bad Day 作家名:ユエ