Bad Day
「よっし、じゃあケーキ食べるか!」
「何でオーナーが仕切ってるんですか」
「そ〜まは昔から仕切りたがるからな…」
「はいはい、切り分けますからみなさんいいこで待っててくださいね。
amuさん、お皿とフォークとナイフ、お借りできますか?」
『あ、はい。こっちです。』
「タヌもお手伝いする!!」
「お前はかえって邪魔するから外に出てろ」
「ひどいもっ!!タヌもやるんだもっ!!」
「ケーキ、ナナちゃんの分もあるかなぁ…」
「寧ろ僕の分あるんかなぁ…」
「ないと思う。あったとしてもナナちゃんにあげる。」
「えぇっ、なんでー?!」
あんずさんと共に食器を取りに向かう。
普段人が家に来ること自体が少ないけれど、
辛うじて食器の数は足りそうだった。
リビングから聞こえる喧騒を聴いていると、
何だかとても懐かしい感覚に駆られる。
「すみません、お誕生日なのに騒がしくしちゃって。」
『いえ、だからって特に予定もなかったですし。』
「言い出しっぺは、オーナーなんですよ。」
『・・・・・・』
何となく、そんな予感はしていた。
オーナーは俺が出会った頃からそうだった。
何でもないような顔をしながらどこかで心の変化を察知して、
そしていつだってちゃんと俺たちのことを考えてくれていた。
それはきっと、離れてしまった今でも変わらない。
「でも、すごいですよね。
同じ店舗だったからって、オーナーの一言で
メンバー全員集まってしまうんですから。」
『本当…まったくですよね。』
みんな、あれからそれぞれの道を進み始めた。
仕事で忙しくしている人だっているだろう。
それなのに、俺のために集まってくれた。
久しぶりにみんなで逢いたい、というのもあったかもしれないけど
俺の誕生日だという、ただそれだけで。
「ねぇamuさん、お金じゃ買えないものって、あると思いますか?
見えなくても信じられるものって、あると思いますか?」
『・・・・・・』
数年前、同じ言葉を聞いた。
その時聞いたのは、オーナーからだった。
俺とオーナーが出会った、最初の日。
その質問に、あの日の俺は答えられなかった。
だけど、今なら答えられる。
『ありますよ、きっと。』
「………そうですか、それは何よりです。」
あんずさんは優しく笑って、
それからみんなの待つリビングへ食器を運んで行った。
ロウソクを吹き消す、なんてことはしなかったけれど、
みんなで喧嘩しながらあんずさんの切り分けてくれたケーキを食べた。
場所は変わってしまったけれど、
まるで、あの日々が帰ってきたみたいだった。
「じゃあな、amu!」
「ナナちゃんにも…逢わせてあげたかったな……」
「今度はこっちにも遊びに来るといい。案内してあげるよ。」
「あ、じゃあその時は僕の秘蔵のグッズでも―――いったい!!」
「夜分にお邪魔してすみませんでした。」
「楽しかったもー!!」
ケーキを食べた後も散々騒いで、
それからみんなが帰っていくのをマンションの入り口で見送った。
まるで明日も逢えそうなその感覚に、
やっぱり自分はあの店が大好きだったんだと実感する。
「それじゃあな、amu。
くれぐれも、体壊さないように気をつけるんだぞ。」
『オーナー…いつから俺の父親になったんですか。』
「寧ろ母親じゃないですかね?」
「というか…俺はもうオーナーじゃないだろ。
まぁ、今更と言えば今更なんだけどな。」
「確かに。オーナーはオーナーでしかないもんな。」
「とにかく、amuはほっとくとすぐ食生活偏りそうだからな。
ちゃんとバランス考えて食べるんだぞ。
あ、あとコーラも飲みすぎないように。」
『はいはい、わかってますよ。』
「そ〜まは小姑なんだも?」
『・・・・・・』
「・・・・・・」
「・・・・・・」
『プッ………』
「あははははははは!!」
夜の空気の中で、みんなの笑い声が響いた。
ふと時計を見てみれば、大嫌いなはずの1日は
みんなと過ごしている間に終わりを告げていた。
「よし、じゃあそろそろ解散するか。」
「だな!」
「帰りますか。」
みんな、それぞれの方向に向かって歩き出す。
このあっさりとした感じも、いつも通りだ。
『・・・・・・あの、さ。』
絞り出した声に、全員が振り返る。
視線の全てが、俺に集まっていた。
『本当に、ありがとう。嬉しかった。』
何だか、言うのがすごく気恥かしくて。
改めて言うのも変だけど、でもやっぱり伝えないといけない気がして。
努めて平静を装ってみたつもりだったけれど、
でも何となく頬が少し熱い気がした。
やっぱりこういうことを言うのは柄じゃないと思うけれど、
それでも返ってきたみんなの笑顔を見て、言って良かったと思った。
―――1年で1番嫌いな日が、また少し、好きになれた気がした。