Grateful Days
Opening
「ネットゴースト?」
クリームパンを齧りながら、健二は首を傾げた。佐久間はカレーパンを飲み込んで、それから「ああ」と頷く。
「バグとかウィルス?」
二人の前にはパソコン。二人が居るのはパソコン部の部室。窓の外は薄暮に沈んでいる。真冬よりは日が伸びたが、まだ朝夕は大分冷え込む。こういう季節はPCの熱源がありがたい。
「そうじゃないらしいぜ。どっちかっていうと、…なんていうんだろな、野良アバターって感じ?」
「野良アバター? そんなのいるの」
「だから、強いて言えばって感じだけどさ」
言って、佐久間はカレーパンを食べきってしまう。それから一度指を舐めて、そうしてパック牛乳を飲み干す。べこっと沈んで、そして戻る合間に佐久間はモニタをぐいっと健二の方へ向けた。
「これ」
「…なにこれ」
開かれたいくつものウィンドウの一番正面に映っていたのは、片手でうさぎのぬいぐるみの片耳を持つ子供、のアバターだった。アバターらしくデフォルメされてはいるが、どことなく影のある様子ではある。ただ、それが事前に「ゴースト」という単語を耳にしていたかどうかはわからない。
「質問されるんだってさ」
「質問?」
聞き返しながら、健二の脳裏を過ぎったのは昨年夏の戦いの記憶だった。最初は暗号を解いて、から始まったのだ。
健二の回想に気づいているのかどうか、佐久間は答える。
「ママはどこ? って」
「……」
健二は無言で、軽く眉間に皺を寄せた。ママはどこ? アバターの使用者は子供なのだろうか?
「それで、答えられないと、」
佐久間は意味ありげに台詞を切る。健二は無意識に肩に力を入れながら、「…答えられないと?」と尋ねてしまう。
「――おまえだ!」
「うわあああ!」
「…なんちゃって。じゃなくて、この耳だけつかまれてるウサギが巨大化して、バクバクッ! …って食われるらしい」
「…は?」
慌てて椅子の上で変な体勢になったものだから、健二は背筋がつりそうになった。無意識にさすりながら向き直って、彼は首を捻る。
食われるという、意味がわからない。
「だからさ。アバターが食われて、ざーってこう、受信レベルの低下した地デジみたいになっちまうんだって」
彼が出した例えは想像はしやすかったが理解はしにくかった。
しかし、アバターを食う、と聞いてはどうしても思い出してしまう。思い出さずにはいられないだろう。
「…ラブ…マシーン…」
まるで声に出したら呼んでしまう、と恐れてでもいるかのように、健二はささやかに紡いだ。その名を。佐久間はパック牛乳を最後まで飲み干す。しばらくパソコンが動く音が全てになった。
「…あいつは…もう、いなくなっただろ」
もしも何かの間違いでどこかの座標にキャッシュが残っていたとしても、それを利用されるような失態、侘助がおかすとは想像できない。
しかしだとしたら、模倣犯? いずれにせよ悪意があるのはいなめない。健二は眉根を寄せて呟き、佐久間もまたそれ以上は言わなかった。言えなかった、というのが正しいのかもしれない。
作品名:Grateful Days 作家名:スサ