あなたにあいにゆく
森の終わりは見えない。町を抜け、畑を通り、荒涼とした景色が広がり始めても、まだ森は続いていた。色彩に欠けた景色の中に突然、はしゃいで走る少年たちが現れた。彼らは濡れながらじゃれ合いもつれては弾けるように笑っていた。暗い雨の中で彼らの輝きは神々しくさえあった。点景の彼らに自分の過去を重ねるなという方が無理な話だとリーマスは思った。かつてのわたしたちは彼らに負けず神々しかった、そう思ったときにはもう少年たちは車窓から消えていた。一瞬で一方的な邂逅。けれどリーマスは彼らの幸福を願わずにいられない。
ガラスの向こうにたくさんの景色が流れる。とうに失ってしまったもの、まだ心には息づいているもの、あたたかいものつめたいもの、指を伸ばせば届きそうに輪郭ははっきりとしているけれど、それらは立体映像のように奥行きに欠けていた。そこではリーマスの指は介在を許されなかった。それが分かるから、リーマスはただ流れ過ぎる景色をじっと見つめ続けた。すべて、なんて、いとおしい。雨が閉じこめた、こぼれる記憶。複製など到底不可能な情報は持ち主の死とともに崩れて消える。4人で共有していた記憶は、いつまでその姿をとどめていられるだろう。あるものは死に、あるものは失われ。誰かに、ことに愛するものに、それを渡せないことを寂しいと思いはしても惜しいとは思わなかった。はかないリアリティが永遠を得られるのならば、それもまた正しいことに思えた。クッキーの空き 缶で作ったタイムカプセルのように、記憶は森の深くに永遠に留まり続ける。永遠に美しいままに。なんて魅惑的なアイデアだろうと思ってリーマスは苦笑した。うっかり囚われてしまいそうになる。
映画のフィルムが巻き取られていくときのように、規則正しい音は続いている。たたん、たたん。
列車は緩やかなカーブに差し掛かる。先頭の車両が風を切って軽やかに進むのが見えた。空を飛ぶときの滑らかさで、レールは列車を森の向こうへと導く。リーマスはその先にあるものを思う。自分の背にある翼を広げるような気持ちで、遠い場所へ心を飛ばす。リーマスはゆっくり瞬きをして深く息を吸った。雨の匂いが身体に満ちた。わたしがひとりで過ごした時間ごと雨に染めて、ぎゅうと力任せに抱きしめたらどんな顔をするだろう。少しは驚けばいい、と思ってリーマスはこそりと笑った。
たたん、たたん。列車は進む。揺りかごと子守歌にあやされながら、けれどリーマスは目を閉じなかった。雨に囲まれた景色をしっかりと網膜に焼きつけて、彼に届けなくてはならないのだ。わたしが見たもののすべてを。そうして同じように、わたしは彼が見たもののすべてを引き受ける。彼が過ごした時間のすべてを引き受ける。そのために、わたしはこの列車に揺られているのだ。
ずいぶん長い距離を列車は走る。レトロな列車には過酷な旅かもしれない。リーマスは薄い傷の入った窓ガラスを撫でた。ガラスは冷たく頑なで、照れ隠しのようにリーマスの手を押し戻した。リーマスは手を離し、かわりにこめかみを寄せた。
雲を割って
雨を抜けて
光を指して
わたしはあなたにあいにゆく。