我らが麗しのパンディモニウム
その日子どもは、片割れである姉に手を引かれながら、森の中を歩いていた。
小学校に入るまで、あと少しという時期。
幼稚園には入っていたものの、子ども自身も友達は多い方でないし、「乱暴者」と呼ばれていた姉は猶更だったので、大抵2人で遊んでいた。
姉の、唯一見える長めの黒髪を見ながら歩いていると、唯一そっくりな青い瞳が振り返る。
自分とあまり似ていない、幼いながら時として凛々しくもなる顔が、優しく楽しげに微笑んだ。
「もうちょっとで着くからな。この前みつけたんだけど、花がすっごくきれいだったんだー。あ、でもつかれたら言えよ?」
「大丈夫だよ」
労わる言葉に、子どもは微笑んで返す。
あまり知られていないが、存外女の子らしい部分もある姉の姿を見ることが、彼は好きだった。
迷うことなく進む姿を見て、ささやかな幸せに浸っていると、不意に甘い香りが鼻孔をくすぐる。
匂いの流れてきた方を向けば、木陰が終わった先に広がる白が見えた。
「うわあ……!」
視界が花に埋め尽くされる。
花自体は小さいものの、幾千と集まった花々が作り出す光景は、まさに圧巻だった。
呆然とする弟の前で、姉はまた笑う。
先ほどと違う得意気な笑みは、年相応に愛らしかった。
「すっごいだろ!? 俺も見つけた時びっくりした!」
「うん、すごい! 本当にきれいだね……!」
ぶんぶんと、何度も頷くことでしか感動を表せない子どもに、少女はますます気を良くしたようだった。
それまで握っていた手をパッと離し、素早く駆け出すほど。
「あっちはもっとすげーんだ!」
「あ、待ってよねえさん!」
格段に速い姉の足に追いつけず、そればかりか突然の行動によって足がもつれる。
転びそうになって立ち止まった途端、下から吹き上げるような強い風が襲い、眼鏡越しの視界が花びらで埋まった。
「!」
突然のことに驚き、ぎゅっと目を閉じる。
暫くして止んだ風の音に、おそるおそる瞼を開けば。
視界には白しかなく、姉の姿はなかった。
「……え?」
呆然とした声が、風に乗っていく。
とぼとぼと歩きだし、段々と駆け足になりながら、子どもは少女の姿を必死に探した。
作品名:我らが麗しのパンディモニウム 作家名:三重