Gold
1. 不機嫌な王様
ロンはぼんやりと廊下から、空を見上げていた。
夏休み明けの放課後の校舎はどこかガランとした、気の抜けたような気だるい雰囲気が、ただよっている。
ここは特別教室へ行くための廊下で、西の一番端にありひどく閑散としていた。
だけどロンが立っている場所からは、クイディッチ用のグランドが近くて、その練習風景がよく見えた。
赤いマントを翻して素早い箒さばきで、空中を旋回して行き来している姿はまるでワシのようだ。
それをロンはただ頬杖をついたまま、瞳でそれを追っている。
そっと背後からロンの肩を抱くものがいた。
「どうしたんだ、ウィーズリー?眠そうな顔をして」
うっとおしそうにその腕を振り払おうとしながら、視線はそのままグリフィンドールの練習風景から反らそうとしない。
「放せよ、マルフォイ。暑苦しいから、僕にくっついてくるな……」
両手を前に回して、ロンを背中から抱きしめるようにからだを寄せる。
ドラコのひんやりとした冷たさがシャツを通しても伝わってきて、ロンはからだを少し震わせた。
陶器で出来たような滑らかで白い肌。
プラチナに近い柔らかい髪。
整いすぎた顔はひどく酷薄そうだ。
その魅惑的な薄灰色の瞳がロンを見つめてニッと笑う。
(こいつには本当に赤い血が流れているのかと疑うほど、作り物めいた感じがするのはどうしてだろう?)
ロンはいつもドラコを見て感じるのは、彼が自分と同じ血が流れているような気がしないということだ。
もしそんなことを言えばドラコは腕を組み、当然のように答えるだろう。
「あたりまえだ。僕は生粋なそれでいて、高貴な選ばれし純血だからな」
と、鼻高々に言うに決まっている。
(純血というなら、僕だって純血だ。マルフォイと同じぐらい貴重な血筋だ。でも僕はそんな古臭いことなんか、これっぽっちも誇っていないけどな)
フンと鼻を鳴らして、ロンは相手を無視した。
だが無視を無視とも思っていないドラコはロンのブロンズに近い肌を見て、バカにしたように耳元にささやく。
「ウィーズリー、家で夏休みに畑仕事でもして野菜を作ったのか?ひどい日焼けで、真っ黒だぞ」
「母さんの命令で強制的に畑仕事もしたし、ほかにいろいろ戸外で遊んださ。もちろんハリーやハーマイオニーも僕の家にやってきて、そりゃあ楽しい夏休みだったよ」
ロンは振り返って、笑う。
「どうだ、うらやましいだろ?」という感じで。
「この減らず口め!」
にらみつけてその唇をふさごうとしたのを、ロンは手で押し戻す。
「イヤだ」
「お前がいつも素直に僕のいうことをきいたことがあるか?「イヤ」としか言わないじゃないか、ウィーズリー。ひどくいいときも、お前は「イヤだ。やめろ」とばかり言うよな……」
笑いながら、ぴったりと寄せたロンのシャツの前に手を伸ばして、背後からその首に巻かれているタイを外そうとする。
「やめろ、マルフォイ!」
「やめない。いつでも素直じゃないお前の戯言なんか、一切聞く耳など持たない」
シュッと軽い音を立てて、慣れた手つきで獅子の刺繍が入ったタイをほどき、上ボタンを2つほど外すと、詰めていた襟元がゆるみ、ロンは浅く息をついてまぶたを揺らした。
「夏のあいだ僕に会えなくて、ひどく寂しかったろ、本当は。ウィーズリー?」
耳にドラコの暖かい息がかかり、ぞくりとした感触に首をすくめる。
ロンはゆったりと苦悶に使い表情で首を横に振る。
「―――ハッ!いったい誰が、お前のことなんてっ!」
威勢のいい憎たらしい言葉を言い放ち、ロンは相手の腕から抜け出そうともがいた。
「放せよ、バカマルフォイ!!」
肩を激しく振って腕で相手の胸を押して、足まで使ってドラコを蹴ろうとする。
「なに照れてるんだ、ウィーズリー?久しぶりで、甘え方を忘れたのか?」
暴れる猫をあやすように、その自分の腕に抱こうとしたが、容赦なくその手を叩き落された。
「僕にさわるなと言っているのが、まだ分からないのか!!」
カッとにらみつけてくるロンの瞳は、まるで他人を見るような冷ややかな色を宿している。
ドラコの顔に一瞬戸惑いの表情が浮かび、すぐに消えた。
すぅっと透明な青い色を帯びた瞳が、糸を引くように細められる。
「―――どうしたんだ、ウィーズリー?夏のあいだに何かあったのか?僕と会っていないあいだに、いったい何があった?」
ロンはそんな相手の顔すらまともに見ようともしない。
ちらりと視線を外し、上を向く。
そこには彼の親友の姿が遠くに見えた。
箒を駆り、少し暗くなりかけの空で、縦横無尽に跳び続けていた。
頭をキョロキョロさせているのは多分、スニッチを真剣に探しているのだろう。
ロンはそんなハリーの姿ばかりを、目で追っていた。
それに気づいたドラコは思い切り不機嫌な顔になり、舌打ちをする。
「―――まったくっ!!お前は尻軽女みたいだな。あっちへ行ったりこっちに寄り添ったりして、自分がひどく魅力的だとみんなに愛想でも振りまいているのか?」
ドンと乱暴にロンの肩を壁に押し付けた。
「お前は本当に馬鹿だ、ウィーズリー!久しぶりにこうしてふたりきりになれたから、お前にとてもやさしくしてやろうと思ったのに、僕を怒らすことばかりして」
ぎりっとつかんだロンの腕を、容赦なく後ろにねじ上げる。
「………ああ、痛い!」
ロンが顔をしかめる。
ドラコはそれを見下すような皮肉めいた表情で、おもしろそうに相手を見つめた。
「お前のその痛がっている顔はいつ見ても、一番そそられるよ」
ドラコはぺろりと舌先で、苦痛でしわが寄ったロンの鼻先を舐めた。
「――――ここでしよう、ロナルド。ここで、あいつに見つかるかもしれないこの場所で、二人で抱き合おう。きっとそれはひどく楽しくて、お前も気に入るさ……」
ドラコは顔を寄せてささやく。
ひどく甘ったるい声だ。まるで毒を含んでいるようなぞっとする甘さに、ロンはうつむいたまま、首を横に振り続けた。
「………嫌だ、やめろ。マルフォイ!」