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2. 王様の本心



「相変わらず薄っぺらい体だな、お前は」
くすりとドラコは笑う。
「なんだって!お前に言われる筋合いはないぞ、マルフォイ!お前と僕とじゃ、同じようなものだ」
振り向き噛み付くようにロンは悔しそうに反論する。

ドラコはそんな口答えが気に入らないのか、組み敷いた相手の腕を一層ひどくねじり上げた。
「――ああっ!」
ロンはかすかな悲鳴を上げて、彼の手の中からずり上がりもがくのを、ドラコは面白そうに見下ろす。相手をいたぶるような容赦のない声がロンの耳元に響いた。

「……でもお前は僕の力に叶わないじゃないか、いつも」
目の前にあるもつれた赤毛から見えるブロンズ色のうなじに舌を這わせると、ロンの体がビクンと震えて激しく頭を振り、相手の腕から逃がれようとする。
「お前が狡猾なだけだ!」
「ロニィ、お前はもう少し賢くなったほうがいいぞ。この僕みたいに」
「ふん、僕は狐なんかになりたくない!お前はずる賢いだけだ」
「まったく口の減らないヤツだな」
ドラコは苦笑して、一層ぴったりとからだを密着させた。

相手のからだが自分の上に重く圧し掛かってきて、ロンは肺がつぶされるような苦痛に息が詰まる。
「……もう、離せ―――」
たまらず声を上げ痛さに顔をしかめながら、ロンはその下から必死で暴れて身悶えた。
しかし背中から腕を逆の方向へと強くねじりこまれているので、動けば動くほどからだにかかる苦痛は大きくなっていく。

「―――うう………。もう、いい加減にしろ!」
肩の痛みはもはや尋常ではなく、筋が切れ腕が外れそうなほどだ。
あまりの激痛にじわりと涙がにじんでくる。

「……ロニィ。僕に許しを請え。素直にそう言えば、この腕をほどいてやらないこともない」
クスクスと人を小馬鹿にした含み笑いで、ドラコは言葉で相手をなぶった。
「誰がそんなことを言うか、この―――、クソ野郎!!」
悔しさのあまり、ロンは噛みしめた唇から否定の言葉を吐き、きつく相手をにらみつける。

「おいおいなんてセリフだ、情けない。口が悪すぎるぞ、ロン。いくら血統がよくても、育ちが悪いとどうなるのか、お前がそのいい見本だ、ウィーズリー」
下品な言葉に眉をしかめて、ギリと一層強く捻り上げると、ロンは全身を襲ってくる痛みに耐え切れず、涙をこぼした。

「お前なんか大嫌いだ、マルフォイ!!」
透明な滴はポタポタとしたたり落ちて、石畳の床にシミをつけ、じわりと広がっていく。
あまりの痛さに息が上がり、その圧倒的な力にあらがえるはずもなく、浅くしか呼吸をすることが出来ない。
ハアハアと漏れる息は熱く、ドラコの下で震えているばかりだ。

「―――ああ、お前が僕のことを嫌っていることはよく知っているさ。いつも僕の腕の下で、お前はその言葉ばかりを叫ぶからな」
ドラコは皮肉めいた口調で、唇をゆがめて笑う。

「ロニィ………、素直になれ」
薄いプラチナブロンドに縁取られたきれいな横顔に、灰色の瞳が夕日を弾いてきらめき、その強い視線はただロンだけを見つめていた。

ゆっくりとドラコは顔を寄せてくる。

「いやだ。近寄ってくるなっ!」
「―――さあ、ロニィ。舌足らずなその唇で、僕にささやいてみろ」
「誰がっ!………いや、もういやだ」
ロンは必死で首を振って、ボロボロ涙をこぼした。

(苦しい。苦しくてたまらない。なんでこいつは僕の嫌がることばかりするんだ……)
鼓動が競りあがって、息が早くなる。
痛さにぼやける視界にドラコの声だけが圧倒的な力を含んで、ロンの耳元に響いてくる。
「――――ロニー、さぁ……、僕にささやけ」
混濁した意識の中、ロンは震える舌でかすれた声を漏らす。
「………ああ、痛い。もう許して―――」
羞恥と絶望の色を濃くあらわして、ロンはつぶやいた。

ふっとドラコは笑ってその腕の戒めを解くと、捻り上げられてうっ血していた部分に一気に血がめぐり始めて、ロンは「ほっ」と少しばかりの安堵のため息をつく。

「僕は何もお前にひどいことをしたい訳じゃない」
ドラコは相手に顔を寄せると、そのほほにキスをした。
「僕の前で意地を張る必要はない。もっと素直になれ、ロン」
甘やかな響きを含んだ声。
ドラコの指先が相手の首筋から背中のラインを丁寧にたどっていく。

「………お前よりひどいヤツなんかいるもんかっ!」
怒りと羞恥に涙を浮かべたまま、顔をねじって必死で抗議するその姿は、強くドラコを惹きつけた。
「―――お前だけだ、ウィーズリー。お前だけが、ひどく僕を混乱させる」
愛おしくてたまらない感情が溢れて、熱い息のまま低くささやく。

「お前だけだ、ロナルド―――」
再び囁かれる甘やかな言葉。
ロンはその言葉が信じられず首を横に振った。
「………お前なんか大嫌いだ!」
ロンは相手の下でただ深く涙を流し続けている。

押し付けられている床は冷たくて固く、上からの重さに肺が押しつぶされそうだ。
何かにすがるように顔を上にあげると、彼の親友の姿が大きく開かれた窓の向こう側から、自分の視界へと飛び込んでくる。
赤いマントをなびかせてハリーは天高く舞い上がり、箒を操り、自由に空を舞っていた。

まるで鳥のようだ。

風に流れる黒髪、なだらかでつややかなフォルムの彼のファイアーボルト。
太陽が沈みかける金色に輝く世界の中で、その姿はなんと美しい光景なのだろう。

「うう………」
ロンはたまらず低くうめいた。
それに引き換え自分は床に這い蹲り、涙をこぼしている。

――――惨めだった。

とても惨めで、死んでしまいたかった。

(ハリー、いったいどうすれば、僕はそこへ行けるの?僕は君と同じように、空を飛びたかっただけなのに―――。ハリー……、ハリー……)
ロンのからだが震える。

「―――痛い……。助けて、ハリー……」
ロンは救いを求めるように呟いた。

その言葉を聞き、ドラコは微笑んだ。
「本当にバカなウィーズリー………。お前の救世主なんか、ここにはやってこない」
やさしく――――、慈しむようにひどくやさしくドラコは、相手を床から丁寧にゆっくりと抱え起こした。
白くて美しい指が乱れたロンの前髪を撫でて、その感触を楽しんでいるようだ。

「ロナルド……。いい加減に覚えろ。お前を幸せに出来るのは、この僕だけだ。お前の抱えている痛みも辛さも、悲しみも、みんな理解できるのは、この僕だけだ」
少し荒れた唇が降りてきて、ロンの口をふさぐ。
ただロンはドラコにされるがままになり、涙をこぼし続けていた。

分かっていた、自分は「英雄」になどなれないことを。
自分は「選ばれた人間」ではなかった。

彼の出来のよすぎる兄弟はその比類なき才能に溢れていた。
長男は輝く美貌に、聡明な頭脳を持っていた。
二男は勇敢な精神にたくましいからだつきをしていた。
三男は緻密な計算に裏打ちされた、抜け目のない世渡りのうまさがあった。
双子はどんなものでも臆することなくチャレンジし、向かっていくその軽やかさと行動力を兼ね備えていた。

──そしてそのあとに続くロンには、みんな一応に首を傾げる。
「あの兄弟の血を受け継いでいるはずなのに、なぜ?」と。
作品名:Gold 作家名:sabure