愛と友、その関係式 第23話第24話
愛と友(ゆう)、その関係式
<下>終始
第二十三章 すれ違う想い
「――そう」
美奈子から全てを聞き終えて、有沢はふぅと息を吐いた。
ここは有沢の自室である。昼休憩、美奈子が藤井に連れられていったまま帰ってこないと知って、不安になって電話をかけたのだ。
受話器越しの美奈子の声は、有沢が心配していたよりはとても平然としていた。有沢ならと淡々と事の顛末を語り、それから非があるのは全て自分で片付いたのだから心配は無用だとしめくくった。
美奈子は大体がいつもそうだ。自分のことなど二の次で、まず真っ先に他人を気にしてしまう。良い意味でも悪い意味でも。
そんな美奈子だからこそ有沢は気にいっているのだが、今回はどうにも納得できない。
「それで、あなたは大丈夫なの?」
「え、大丈夫だよ。平気、全然」
「――ハァ」
やっぱりこれだ。
「あなたはね、ちょっとは他人を悪者にしていいと思うわ。……私とあなたの仲じゃない、愚痴と陰口の区別くらいつけられるつもりよ。なのに――ねぇ、あなた聖人君子にでもなるつもり?」
有沢がまくしたてると、電話先の美奈子は黙ってしまった。
言い過ぎたかと不安になっていると、ややあって美奈子はけたけたと笑った。
「ありがとう。今度はね、そうしてみるよ」
「あ、あのねぇ! 私は真剣に――」
「解ってるよ」
静かに、だけど強い口調で美奈子は言葉を制した。こうまでされると、有沢は折れるしかない。
有沢は肩を竦めた。
「それで、これからどうするの?」
「わかんない」
「わかんないって、あなた……。ほら、想いを伝えるとか色々あるでしょ?」
「告白はしないよ。だって……まだ、好きなのかよく解らないし」
「えっ……。えぇ!?」
有沢にしては珍しく、大きな叫び声が出てしまった。有沢はすぐさま口に手を当てる。自分の部屋には誰もいないが、普段はしない失態に頬を赤くした。
まるで有沢の顔を見ていたように、美奈子はまたケタケタと楽しそうに笑った。
有沢はむっとして口を尖らせる。
「笑い事じゃないでしょう。ふざけてるなら奈津実があまりにも可哀相だわ」
「ごめん。ふざけてないよ。……そうだね。確かなはずなのに、ちゃんとした恋愛感情なんだって自分できっぱり言える自信がまだないの」
「どういうこと?」
美奈子の言葉は解らないことだらけだ。有沢は眉をひそめる。
「だから、わかんない。もう少し、考えてみるよ。紺野さんのこともあるから。二人が幸せなら、わざわざ壊してしまう権利なんて私にはないでしょ?」
確かにそうだ。有沢としても紺野が傷ついてしまうのは嫌だ。だけど、それで美奈子が幸せになれるのかと問えば違う気もする。かと言って、ぶち壊しても美奈子はきっと辛い顔をするのだろう。
少しの間を置いて、有沢は渋々ながら頷いた。
「……ええ。そうね」
「――インターハイ近いから考えてる余裕はないかもしれないけどね」
電話先の美奈子は微笑んだ気がした。
「考えなくていいって、ほっとしてるのかしら?」
「ん、実はね。――インターハイ、全力でぶつかるよ。それとこれとは別だもん。それにね、バスケをしてると見えることがあるかもしれないってそう思うの。だって、バスケがあったから和馬と会って仲良くなった」
「そうね。そうれがいいかもしれない」
「――うん。じゃあ、明日も早いから」
「ええ。頑張ってね、応援してるわ」
”ありがとう”と、その言葉を最後に電話は切れて、有沢は通信の途絶えを知らせる電子音を耳して溜め息をついた。
◆◇◆◇◆
それから――八月のインターハイまで約二ヶ月間。美奈子は有沢へ宣言した通り、脇目もふらずバスケに打ち込んだ。その様子は何処か鬼気迫っていて、誰も美奈子に話しかけられない状況が続いた。
人の噂も七十五日という言葉通り、藤井と美奈子の不自然なぎこちなさも姫条と美奈子の関係も、噂好きの生徒達の間から全くといっていいほど忘れ去られていく。その様相はまるで最初から何もなかったようだった。
女バス男バス双方ともインターハイ出場は六月中に既に決まっていた。ついに迎えたインターハイで、はばたき学園バスケ部は順調に決勝へ駒を進めていく。
男子バスケは去年の不調が嘘のように快勝完勝。決勝に進むまで常に五十以上の点差をつけて勝利した。決勝も、五十までとはいかないが二桁の差をつけて余裕の勝利をおさめる。MVPは鈴鹿和馬であった。
一方、女子バスケ部も男子バスケ部までとはいかないが、常に落ち着いた試合運びで確実に勝利を重ねて決勝まで駒を進めた。
そして、決勝――。
相手は去年の王者。試合は常に均衡し、ラスト一分には完全なこう着状態となっていた。
ここで点をとったチームが、この試合の勝者――。
誰も何も言わないが、皆がそう確信した。
動いたのは美奈子だった。相手選手の一瞬の隙をついた、完璧なスティール。そして、速攻。シュート体勢に入る、誰も止められない抜群のタイミング。誰もが試合は決まったと、そう思った瞬間だ。
美奈子は背中へ大きな衝撃を受け、シュート体勢のままにゴールポストへぶつかった。後ろを見れはしなかったが、相手選手が体当たりをして止めたのだと気づいた。
審判の高らかに鳴る笛の音を耳にしながら、美奈子の意識は暗転した。
◆◇◆◇◆
「三試合連続ファイブファールだってよ! くっだらねぇ!」
吐き捨てるように鈴鹿は叫んだ。
体育館で一人モップがけをしていた鈴鹿と美奈子が初めて出会ったときの会話だ。
どうして、こんなに怒っているのかとか美奈子の疑問はつきなかった。
「くだらなくなんてないよ」
――自分が他人へ説教できるほど、高みに登りつめた人間だなんて一つも美奈子は思っていない。が、目の前で怒っている鈴鹿は何処か追いつめられた獣のように必死で、泣きそうで、まるで誰かに食いちぎられように言い負かされるのを待っているようにみえた。だから、同じスポーツを愛するものとして言った。鈴鹿も同じくスポーツが大好きなのだと直感したからだ。
今でもあの言葉は間違っていなかったように美奈子は思う。鈴鹿は、なんて奴! と思ったかもしれない。
実際、美奈子の直感は正しかった。鈴鹿はバスケというスポーツを美奈子以上に好いていた。
バスケ部に入って知った、鈴鹿は誰よりも早く朝練をし誰よりも遅く部活を終えるということ。美奈子は体育館の鍵を開けたことも閉めることもできなかった。そして、体育館の扉を開けるといつも聞こえたボールの弾む音。
あるとき、体育館の扉をくぐるのに二番手以上になれないのが悔しくて、美奈子は早朝三時に起きて体育館の扉の前で仁王立ちで鈴鹿を待った。あのときの鈴鹿の面食らった顔は今でも忘れられない。
それから、美奈子と鈴鹿は驚くほど仲良くなった。
「ああ、わかったよ!! かってにしろ!」
意固地になって今までのやり方を無理に通そうとしているのだと知れたのは、水のみ場で見た鈴鹿の涙のせいだ。
――泣いているの?
出かけた言葉を喉の奥に沈めた。言えば、鈴鹿の自尊心がズタズタに傷ついてしまうと理解したからこそ、美しいものを壊してしまたくない一心だった。
<下>終始
第二十三章 すれ違う想い
「――そう」
美奈子から全てを聞き終えて、有沢はふぅと息を吐いた。
ここは有沢の自室である。昼休憩、美奈子が藤井に連れられていったまま帰ってこないと知って、不安になって電話をかけたのだ。
受話器越しの美奈子の声は、有沢が心配していたよりはとても平然としていた。有沢ならと淡々と事の顛末を語り、それから非があるのは全て自分で片付いたのだから心配は無用だとしめくくった。
美奈子は大体がいつもそうだ。自分のことなど二の次で、まず真っ先に他人を気にしてしまう。良い意味でも悪い意味でも。
そんな美奈子だからこそ有沢は気にいっているのだが、今回はどうにも納得できない。
「それで、あなたは大丈夫なの?」
「え、大丈夫だよ。平気、全然」
「――ハァ」
やっぱりこれだ。
「あなたはね、ちょっとは他人を悪者にしていいと思うわ。……私とあなたの仲じゃない、愚痴と陰口の区別くらいつけられるつもりよ。なのに――ねぇ、あなた聖人君子にでもなるつもり?」
有沢がまくしたてると、電話先の美奈子は黙ってしまった。
言い過ぎたかと不安になっていると、ややあって美奈子はけたけたと笑った。
「ありがとう。今度はね、そうしてみるよ」
「あ、あのねぇ! 私は真剣に――」
「解ってるよ」
静かに、だけど強い口調で美奈子は言葉を制した。こうまでされると、有沢は折れるしかない。
有沢は肩を竦めた。
「それで、これからどうするの?」
「わかんない」
「わかんないって、あなた……。ほら、想いを伝えるとか色々あるでしょ?」
「告白はしないよ。だって……まだ、好きなのかよく解らないし」
「えっ……。えぇ!?」
有沢にしては珍しく、大きな叫び声が出てしまった。有沢はすぐさま口に手を当てる。自分の部屋には誰もいないが、普段はしない失態に頬を赤くした。
まるで有沢の顔を見ていたように、美奈子はまたケタケタと楽しそうに笑った。
有沢はむっとして口を尖らせる。
「笑い事じゃないでしょう。ふざけてるなら奈津実があまりにも可哀相だわ」
「ごめん。ふざけてないよ。……そうだね。確かなはずなのに、ちゃんとした恋愛感情なんだって自分できっぱり言える自信がまだないの」
「どういうこと?」
美奈子の言葉は解らないことだらけだ。有沢は眉をひそめる。
「だから、わかんない。もう少し、考えてみるよ。紺野さんのこともあるから。二人が幸せなら、わざわざ壊してしまう権利なんて私にはないでしょ?」
確かにそうだ。有沢としても紺野が傷ついてしまうのは嫌だ。だけど、それで美奈子が幸せになれるのかと問えば違う気もする。かと言って、ぶち壊しても美奈子はきっと辛い顔をするのだろう。
少しの間を置いて、有沢は渋々ながら頷いた。
「……ええ。そうね」
「――インターハイ近いから考えてる余裕はないかもしれないけどね」
電話先の美奈子は微笑んだ気がした。
「考えなくていいって、ほっとしてるのかしら?」
「ん、実はね。――インターハイ、全力でぶつかるよ。それとこれとは別だもん。それにね、バスケをしてると見えることがあるかもしれないってそう思うの。だって、バスケがあったから和馬と会って仲良くなった」
「そうね。そうれがいいかもしれない」
「――うん。じゃあ、明日も早いから」
「ええ。頑張ってね、応援してるわ」
”ありがとう”と、その言葉を最後に電話は切れて、有沢は通信の途絶えを知らせる電子音を耳して溜め息をついた。
◆◇◆◇◆
それから――八月のインターハイまで約二ヶ月間。美奈子は有沢へ宣言した通り、脇目もふらずバスケに打ち込んだ。その様子は何処か鬼気迫っていて、誰も美奈子に話しかけられない状況が続いた。
人の噂も七十五日という言葉通り、藤井と美奈子の不自然なぎこちなさも姫条と美奈子の関係も、噂好きの生徒達の間から全くといっていいほど忘れ去られていく。その様相はまるで最初から何もなかったようだった。
女バス男バス双方ともインターハイ出場は六月中に既に決まっていた。ついに迎えたインターハイで、はばたき学園バスケ部は順調に決勝へ駒を進めていく。
男子バスケは去年の不調が嘘のように快勝完勝。決勝に進むまで常に五十以上の点差をつけて勝利した。決勝も、五十までとはいかないが二桁の差をつけて余裕の勝利をおさめる。MVPは鈴鹿和馬であった。
一方、女子バスケ部も男子バスケ部までとはいかないが、常に落ち着いた試合運びで確実に勝利を重ねて決勝まで駒を進めた。
そして、決勝――。
相手は去年の王者。試合は常に均衡し、ラスト一分には完全なこう着状態となっていた。
ここで点をとったチームが、この試合の勝者――。
誰も何も言わないが、皆がそう確信した。
動いたのは美奈子だった。相手選手の一瞬の隙をついた、完璧なスティール。そして、速攻。シュート体勢に入る、誰も止められない抜群のタイミング。誰もが試合は決まったと、そう思った瞬間だ。
美奈子は背中へ大きな衝撃を受け、シュート体勢のままにゴールポストへぶつかった。後ろを見れはしなかったが、相手選手が体当たりをして止めたのだと気づいた。
審判の高らかに鳴る笛の音を耳にしながら、美奈子の意識は暗転した。
◆◇◆◇◆
「三試合連続ファイブファールだってよ! くっだらねぇ!」
吐き捨てるように鈴鹿は叫んだ。
体育館で一人モップがけをしていた鈴鹿と美奈子が初めて出会ったときの会話だ。
どうして、こんなに怒っているのかとか美奈子の疑問はつきなかった。
「くだらなくなんてないよ」
――自分が他人へ説教できるほど、高みに登りつめた人間だなんて一つも美奈子は思っていない。が、目の前で怒っている鈴鹿は何処か追いつめられた獣のように必死で、泣きそうで、まるで誰かに食いちぎられように言い負かされるのを待っているようにみえた。だから、同じスポーツを愛するものとして言った。鈴鹿も同じくスポーツが大好きなのだと直感したからだ。
今でもあの言葉は間違っていなかったように美奈子は思う。鈴鹿は、なんて奴! と思ったかもしれない。
実際、美奈子の直感は正しかった。鈴鹿はバスケというスポーツを美奈子以上に好いていた。
バスケ部に入って知った、鈴鹿は誰よりも早く朝練をし誰よりも遅く部活を終えるということ。美奈子は体育館の鍵を開けたことも閉めることもできなかった。そして、体育館の扉を開けるといつも聞こえたボールの弾む音。
あるとき、体育館の扉をくぐるのに二番手以上になれないのが悔しくて、美奈子は早朝三時に起きて体育館の扉の前で仁王立ちで鈴鹿を待った。あのときの鈴鹿の面食らった顔は今でも忘れられない。
それから、美奈子と鈴鹿は驚くほど仲良くなった。
「ああ、わかったよ!! かってにしろ!」
意固地になって今までのやり方を無理に通そうとしているのだと知れたのは、水のみ場で見た鈴鹿の涙のせいだ。
――泣いているの?
出かけた言葉を喉の奥に沈めた。言えば、鈴鹿の自尊心がズタズタに傷ついてしまうと理解したからこそ、美しいものを壊してしまたくない一心だった。
作品名:愛と友、その関係式 第23話第24話 作家名:花子



