無題
「ならどうしろと?」
「殺してやろうか?」
ここまで直接的に殺す、と言われたのは初めてのような気がした。
もう、どうして良いのか分からない。公孫勝の左手が前髪を掴んだままぎりぎりと進んでくる。自然、林冲の顔は上向きになっていく。
「ごめんなさい」
暗殺者である公孫勝に喉元を晒すということが、どれだけ危険か分からない訳がない。林冲は平謝りに謝った。それでも公孫勝は手の力を緩めない。
殺される。
唇に、触れるものがあった。
目を開くと、伏せた長い睫毛が目の前にあった。
舌を伸ばすでもなく、ただ唇を押し当てるだけの口付け。何が起きているのか、わからない。
口を開いて舌を伸ばそうとすると、顎を指で掬われて口を閉められた。軽く啄まれ、唇を思いっ切り噛まれた。痛みのあまり、思わず躰が跳ねる。
唇が離れ、白い顔が遠ざかって行く。その白い顔は皮肉っぽく笑っていた。唇が赤い。
「……あ?」
唇に指で触れると、血が出ていた。
「良い様だ」
目を細め、方頬で笑う。冷たい笑い顔だ。
「お前には似合いの紅だぞ」
背筋が凍るほどその顔は笑顔に見えず、林冲は身動きすら取れない。下腹の辺りが締め付けられる感じがする。
「まあ、今日はこれくらいで許してやろう」
公孫勝はそう言って、自分の唇についた林冲の血を舐め取ると座敷から出て行った。
「……死ぬかと思った」
躰からがくりと力が抜ける。全身から冷や汗が吹き出してきた。全身を襲う疲労感で、自分が緊張していたことに気が付いた。
「しまったな」
林冲は思わず笑った。
公孫勝が出て行く瞬間、今なら自分は抱かれてもいい、と思ってしまったのだ。
作品名:無題 作家名:龍吉@プロフご一読下さい