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【FY】こうはいゆうびん

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仕事の合間、定期的に電車を受け入れる小竹向原のホームをぼんやりと眺めながら、有楽町は今朝このホームで起きた出来事を頭の中で反芻していた。


「おはよう御座います、先輩」
 副都心のいつもの笑いは、朝にはやや似付かわしくない。
 人を食った笑い方は見ているだけでどことなく嫌な予感のするものなのだが、しかし今日に限ってその笑みはいつもといささか違うように感じられた。何と言うか、どこか嬉しそうなのだ。
「ん――?」
「今日は仕事の前に先輩に渡すものがありまして」
「は? 渡すもん?」
 何それ、と聞こうとした瞬間、副都心が有楽町の手をぎゅっと握り込んだ。
 うわ、と有楽町が肩を竦ませる暇もあればこそ、にこにことした笑顔のまま力を込められる。早朝とは言え、人通りのあるホームで男二人が仲睦まじく手を握り合っている図はなかなかに恥ずかしい。
「ちょ、手、離せって……!」
 悶えるように腕をくねらせると、副都心はひどくつまらなさげな顔をしながら手を離した。
「つれない人ですね」
「ったく、朝から油断も隙もあったもんじゃない……!」
 ぜえはあと羞恥で荒れた息を整えながら手元を見下ろすと、そこには丁度掌に収まるサイズに折りたたまれた紙がぽつりと載っかっていた。
「……何だ、これ?」
「確かに渡しましたからね」
「え」
 念を押すような言葉に顔を上げる。にこ、と言うよりはにた、と言った感じで口の端を綻ばせたかと思うと、
ちゃんと読んで下さいよ、と立ち竦む有楽町に一言だけ言い残して、丁度訪れた自路線の電車へと乗り込んでいってしまったのであった。


 ――そうだ、思い出した。
「あの紙、どこやったっけ……?」
 受け取った時は確かにそこへ突っ込んだはずなのに、ごそごそとスラックスのポケットを探っても出てこない。
「……まさか、捨てた?」
 そう言えば昼食を食べた後に、休憩室のゴミへコンビニのレシートや何かと一緒にポケットに入れたままの紙ゴミを捨てたような気がしないでもない。
 スナック菓子のパッケージの見えるボックスへ数枚の紙切れを突っ込んだのを思い出して、有楽町は顔を青くしながら携帯電話を手に取った。副都心へメールを入れようと思ったのだ。
 「悪い、朝貰った紙捨てちまった。何が書いてあったんだ?」
 長文のメールを苦手とする有楽町には、この文面が精一杯だ。素っ気も愛想もない文章だとは思うが、あくまでメールは字のやりとりであって、面と向かって言葉を交わす訳ではない。用件以上のものを無理に詰め込む必要はないだろうと言うのが有楽町の持論なのだ。
 送信ボタンを押して、目に留まったベンチへ足を摺るように近付き、ずるずると腰を下ろす。ゆったりともたれるには短い背もたれに目一杯背を押し付けると、ふっと押し出されるように肺から息が零れた。
 視界の端で、電光掲示板が電車の到着を知らせている。到着する車両の起こす振動がベンチ越しに首筋に伝うのがどこか心地よくて、疲労感に促されるままそっと薄く瞼を閉じる。
 床を震わせる振動は、乗客が降り、電車が駅を出てゆくまで続く。だからこそ、気付くのが遅れてしまった。
――手に握ったままの携帯が、震えている。
「……っ!」
人並みの作るさざめきの中でバネのように体を起こして、慌てながら受話ボタンを押す。やがて押し付けた携帯から聞こえてきた声はざわざわとしたノイズを伴っていて、やはり電話の向こうの彼が人混みの中にあるらしい事を有楽町に知らせていた。
「副都心です」
「え、あ、ああ、副都心? その」
「いいですか、先輩。一回しか言いませんよ」
「……え?」
 有楽町がメールを送った直後の着信だから、あのメモについての電話なのは間違いないだろう。うっかりしているにも程がある自分の失態をどう言い訳すべきかしどろもどろになっていると、不意に副都心が呟いた。
「誰にでも優しくて親切な先輩へ」
 乗客が降りきって、アナウンスと共に車両の、次いでホームドアが閉じる。電車が発車していく轟音の中だと言うのに、受話器の向こうで滔々と語る副都心の声はいやに有楽町の耳にこびりついた。
「西武さんだろうが東武さんだろうがJRだろうが、誰にでも分け隔てなく優しくする先輩へ。あなたはそれを路線の為、乗客の皆さんの為、ひいては会社の為だと度々言いますが、それがどれだけ僕の心を騒がせているかはご存じないかと思われます」
 歩きながら喋っているのだろうか、ノイズの薄くなった中で、かつかつとリズムを保った靴音が聞こえる。
「ぶっちゃけ八方美人過ぎるきらいはありますが、それでも僕は先輩の優しさは決して嫌いではありません。それもまた、先輩の魅力の一つだと知っているからです」
 今度は対岸のホーム、西武有楽町線の有するそこへと電車が到着する。再び訪れた振動と風の強く吹きつける音に首を竦ませると、有楽町はある一つの事に気が付いた。
 ――通話している向こう、副都心の方からも、同じような騒音が聞こえる。
(……え)
「染めているはずなのにサラサラの髪、意外と愛嬌のある目、何のかんのと僕を叱りつける声だって好きですし、何よりも僕にだけ見せてくれるあなたが、僕は大好きです」
「ふ………」
 副都心、と名を呼びたかった。
立て板に水の勢いで語られる恥ずかしい言葉を遮りたいのもある。だが、まるで輪唱するようにこちらとあちらのノイズがずれている事が何よりも有楽町の心臓をざわつかせるのだ。
 しかし、有楽町の微かな望みも空しく、副都心の語りは止まる様子はなかった。
「キスをした時に少しだけ伸びるうなじや、押し倒した時に『副都心』とたどたどしく僕を呼ぶいつもと感じの違う声、それに寝起きのどこかぼんやりした顔、それは全て、僕があなたを口説き落としたからこそ得られたものなのだと実感出来るからです」
よほど言いたかった事なのだろう、口調はどこか嬉しげですらある。一方的に聞かされている有楽町の耳など、赤くなってベンチに落ちてしまいそうだと言うのに。
「……もうすぐ、あなたが走り出した日ですね」
 振り向けないだけで、身動きが出来ないだけで、靴音が近くなっているのは分かっていた。
かつ、と真後ろの辺りで誰かの靴音が止まると、応じるように電話の向こうの靴音が止んだ。かと思ったらプツリと通話が途絶えてしまって、有楽町は観念したように携帯電話を閉じる。
「その日を迎える瞬間は、是非僕も一緒にいさせて下さい。そして僕に、メトロで真っ先にあなたを祝わせて下さい」
 真後ろで、ノイズも何も混ざっていない、生の声が告げてくる。その内容のあまりの恥ずかしさに振り向けないでいると、硬直しきった両肩に載せられるようにするりと腕が絡みつく。
(……だから、公衆の場だっつーのに)
手を振りほどき、諦めて振り返る。すると思ったよりも近くに副都心の笑顔があって、にこりと吊り上がった口元が楽しげに綻んだ。
「――ね、いいでしょう? 先輩」
「………お前なあ」
 自分の頬が赤くなっているであろう事は、想像に難くない。どうしようも出来ない感情を手の内の携帯へ押し付けるように力を込めながら、有楽町は後輩と目線を合わせる為に立ち上がった。
「電話口でいきなり変な事言うなよ」
作品名:【FY】こうはいゆうびん 作家名:セミ子