【FY】こうはいゆうびん
「ひどいですね、先輩が聞いてきたんじゃないですか。『何が書いてあったんだ』、って」
「……は?」
一気に呆けた有楽町の顔を見て、うんざりとした様子で副都心が肩を竦めてみせた。
「ほらね、口で言っても先輩って聞き流すか恥ずかしがってばっかりいるかで、まともなリアクションを返してくれないじゃないですか」
だから手紙に書いたのに捨てるだなんて、と口先を尖らせる副都心に対して、どこから何を突っ込めばいいのかが分からない。
「……じゃああれ、何だった訳?」
「ラブレターですよ、当たり前じゃないですか」
急に立ち上がったからではない、他の理由でくらりと目眩がするのを確かに感じて、有楽町は思わず額を押さえて小さく呻き声を漏らした。
「いや、当たり前とか言われても……」
「全く、どこまで察しが悪いんですか」
「KYのお前には言われたくないよ!」
まあまあと自分勝手に笑って、朝もそうしたように、副都心が携帯を持つ有楽町の手をひらりと取った。
「それじゃあ先輩、お返事お待ちしてますね」
「……はい?」
「手紙に返事を返すのは当然の事だ、って先輩が言ったんですよ、忘れました?」
「そんな昔の事引っ張り出してくんなよ!」
確かに世間一般の礼儀としてそんな事を教えたような気はする。だが、こんな風に一方的に告げられてしまったものに返事と言われても、有楽町にはどうすればいいのか見当も付かなかった。
そもそも、手紙と言われたあのメモ自体、既に手元から消え去ってしまっていると言うのに。
「……拒否権とか」
「ありません。差出人は僕で、宛先は先輩お一人なんですから。他の人が代理になったって意味ないですからね」
どうやら、どうあっても副都心は自分に「返事」を書かせるつもりらしい。メモに書いたと言う告げられた内容を思い返すに返事も同じような事を書かないといけない訳で、そう思うと有楽町の首は勝手に下を向くのであった。
「…………だってオレ、書く事なんて」
「本当にひどい人ですね。僕の事嫌いなんですか」
もごもごと言い返す有楽町の手の甲にちゅっと軽くキスを落として、さっと副都心がその手を離した。口付けられた事に驚いている間に温もりが消えている事に更に驚いていると、副都心はにこにこと人の悪い笑みを浮かべて有楽町をじっと見つめていた。
――苦手な笑顔だ。なのに、嫌いな顔だとは思えないのが、どうしようもなく悔しい。
「絶対ですからね、先輩」
それじゃあ僕は渋谷で仕事が待ってますから、と言って、副都心が身を翻してしまう。視線でその背中を追い掛けていると自分の真横を風と一緒に彼の路線へ対応出来るようにと作り替えた7000系が走っていって、ああ、この渋谷行を待っていたのか、と今更ながらに彼がこのホームにいた理由を思い知る。
笑みの形を崩さぬまま、副都心が電車へと乗り込んでいく。発車する直前にかち合った目は朝見た時と同じように楽しげで、ああ、と有楽町はこの後必死になってラブレターの返事を考える自分を思って溜息を漏らした。
――これでも、自覚はしているのだ。何だかんだ言いつつも彼に甘くしてしまう自分がいる事も、口で言っているよりも随分と彼に骨抜きにされてしまっている事も。
走り去る7000系を見送って、もう一度だけ嘆息を漏らす。頭をがりがりと掻いても副都心の表情も声も頭から離れてくれなくて、つくづく西武の人間がここにいなくてよかった、と安堵せざるを得なかった。
きっと、今の有楽町の顔は随分とひどい事になっているに違いない。
「……ゴミ、まだ残ってるかなぁ……」
――取り敢えずは、恥を承知でゴミを漁る事から始めよう。手紙の返信内容を考えるのはそれからだ。
職員がゴミを取り替えていない事を祈るのに夢中で、有楽町はまさか必死の思いで書き上げたものを仕返しとばかりに音読させられるとは、今はまだ露も思っていないのであった。
作品名:【FY】こうはいゆうびん 作家名:セミ子