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メトロ詰め合わせ

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飯田橋で肉まんを



 飯田橋で重なる三人には、密かな楽しみがあった。いつも大抵は南北が言い出して東西と自分がそれに付き合う事が多いのだが、珍しく今日は何も言われていないのに勝手に足がそこへ向いてしまっていた。
 適当に買い込んで、飯田橋の休憩室へ向かう。メールで連絡を入れておいた甲斐あって、そこには既に自分を除く飯田橋停車の二人が待っていた。
「遅いよ有楽町、待ちくたびれたんだけど」
「悪い悪い」
 今日は奢ってよね、と言う南北の目はちらちらと有楽町の手元へ視線を注いでいる。そのいかにも待ちわびたと言った様子が微笑ましくて手に持った袋を渡してやると、南北はまだあったかいじゃん! と歓声を上げて袋の中身を漁りだした。
「ふかしたてって言ってたよ」
「僕辛味噌にしよっと。東西は?」
「何でもいい、腹減った」
「……お前らどんだけ肉まんに備えてたのよ……」
 そう、肉まんである。
 飯田橋を下りると、そこには右から左へすらりと神楽坂が横切っている。昔から旨いものを出す店が多いその街に、なかなかに旨い肉まんを売っている中華料理屋があるのだ。
 いつもは南北が発作でも起こしたように「食べたい」と言い出すのだが、今日は有楽町の方が誘惑に負けてしまったと言う訳である。
 そもそも「買ってくるけど食う?」とメールで連絡を入れたのは南北だけだったはずなのだが、この場に東西もいる事は何も驚く事ではなかった。彼とてこの駅を通る路線の一人であるのだし、メールを見た南北が彼に連絡をした事は想像に難くない。
(まあ、そうなると思ってオレも南北にしかメールしなかった訳だし)
「有楽町、茶」
「ありがと」
 東西が差し出してくるほうじ茶の入った湯飲みを受け取って、南北と向かい合わせになって座っていた東西の隣へと腰掛ける。視界の端にある給湯スペースに置いてある袋はご丁寧にも中華料理屋の隣に店舗を構える茶屋のもので、思わず噴き出しかけた口を隠す為にも東西がエビチリ肉まんを取り出したのを見計らって自分用に買った五目肉まんを取り出し、有楽町は未だにほこほこと温かい白に一息にかぶりついた。
「うん、やっぱり旨いよなあ」
「都民としては、肉まんって言ったら蓬莱よりも五十番だよねー」
「……『都民』っつう言い方はどうよ?」
 はー、と温かいものを口に含んだせいで白くなった息を吐いて、南北が満足げに呟く。それに囓り跡の付いた肉まんを南北に突きつけながら東西がツッコミを入れると、南北は形のいい眉を歪ませて眼前へと迫った東西のエビチリ肉まんへ囓りついた。
「あー! 人のもん食うなよ、自分のあんだろうが!」
「そうやって細かい所にねちねちツッコむから東西はモテないんだよ」
「それとこれとは関係ねえだろうが!」
「……うるさいなあ、東西のケチ!」
 二人の口論も見慣れたものなので放っておいて、有楽町はマイペースに茶を啜った。毎日店で焙煎しているだけあってほうじ茶の香りはふんわりと香ばしく鼻腔まで届き、じんわりと胃に染みる風味は肉まんとの相性もよかった。
 そもそも、二店はわざとなんじゃないかと思ってしまうくらい絶妙な立地をしているのだ。小腹が減って店先で肉まんを囓っていると、丁度眼前に茶屋が見えるなんて卑怯だろう。まるで「食べ終わったら買って行ってね」と看板に言われているような気分になるのだ。
「……でもこれ、やけに量多くない?」
 何で、と首を傾げる南北に気付いて、袋を漁る。店の人に言ってあらかじめ貰っておいた小分け用の袋に中身を半分程移して、片方を南北に渡してやりながら、告げる。
「これは南北と東西の分。ここ置いとけば夜食になるだろ?」
「気が利いてるじゃん、さっすが有楽町! ……で、そっちの袋は?」
「こっちは池袋に置いておくんだよ」
 肩を竦めながら湯飲みに口を付けると、斜め向かいの南北と一緒に隣にいる東西までもが眉を顰めていた。どんな時でも割と対照的なリアクションを返す二人にしては珍しい事である。
「……二人して何だよ、その目は」
「じゃあ何、その大きい方の袋は丸ノ内、と副都心、の為な訳」
「何でそんな顔するんだよ、別にいいだろ? この前ここの話したら副都心が久々に食いたいって……」
「つまり丸ノ内はオマケ、と」
「………意味が分かんないんだけど」
 背を仰け反らせてたじろぐ。口に出した通り、南北に続いて東西にまで固い口調で言われてしまう意味が分からなかった。二人にも買ったのだから、自分がよく使っている他の休憩所の分も買っておいたって不公平ではないだろう。食べたいと言うリクエストがあったのならば、なおさら。
「違うよ東西、僕らだってオマケなんだよ」
「あー……。道理で」
 有楽町が五十番に行くなんて珍しいと思ったんだよなー、と東西が顰め面で呟く。食べかけの辛味噌肉まんを持ったままなぜかご馳走様、と言った南北の目はやたらと据わっていて、有楽町は訳の分からぬまま身を縮こまらせるほかなかった。
「もうよ、さっさと池袋なり和光市なり行ってこいって。何かオレもう、いたたまれん」
「そうそう、こんな所でのろけてないでいちゃついてくればいいじゃん」
「……オレ、何か変な事言った?」
 何だよいちゃつくとか、と言い返すと、方角を名に冠する二人は今まで見た事のないような揃いの渋面を作って、いいから池袋帰れ、と休憩室のドアを指差したのであった。

(20090909)
作品名:メトロ詰め合わせ 作家名:セミ子