メトロ詰め合わせ
手の届く空
いつだってどこを見ているか分からない目が、いまこの時、ただ同じ部屋(それも東西の部屋だ、信じられない!)にいる自分だけを見ている、その状況に耐え切れなくて、南北は手を伸ばした。
飛びついて、抱き着いて、フローリングに胡座をかいている東西を押し倒す。のわぁ、と言う色気も何もない声がやたらに間抜けで、思わず口の端に笑みが浮かんだ。少なくとも、南北はそのつもりだった。
「……お前、何してんだよ」
誰とも経験のない癖に、それでいて南北に押し倒された癖に、東西に全く焦ったそぶりはなかった。
「東西、……」
夢なんじゃないだろうか。地上ばかりを走る綺麗な青、それが手の届く所にあって、ああ、そして、手を伸ばしてしまってもいいだなんて、たちの悪い夢なんじゃないだろうか。
「何してんの……さ、東西。変な、顔………」
笑った顔が不細工になってしまっているのは承知している。だって涙が止まらないのだ。幼い頃からずっとずっと見ていた、一度しか交わらぬラインが、絡み絡んで手の内にあるのが、その手が自分の目元を下手くそに拭っているのが、もういっそ怖いくらいに幸せで、どうしようもない。
「あーもー泣くんじゃねえよ。……困んだろうが」
よっ、と起き上がった東西が、ぎこちない仕草で南北の背をかき抱く。そのまま宥めるように背をさすられて、ひ、と嗚咽が漏れた。馬鹿、大好きだ。
「東西のばか、東西なんて、……東西なん、て」
「うるせ、オレはお前の事嫌いじゃねぇからな」
言ったからな、と東西が囁いたので、南北は今度こそ子供のように大泣きした。
(20100111)