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離婚調停(途中)

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ブラジルからブラジルまで。しようと思えばただの一日で出来たはずの財産分与手続きを自分の足でまわってやりたいと言い出したのはあの男で、けれどそれが私の聞いてやれる最後の望みかもしれないと、柄にもなく感傷的になってしまったために私はあの男が戻ってくるまでのしばらくを苛立ちながら一人で待たなければならなかった。疲弊しないぶん人より幾分ははやく進めるにしても、別に光速で見てまわるというわけでもなかったのでそれは少しばかり長くかかりそうなのだった。やるべきことは一億年あっても足りないように思えるほどたくさんあったが、今はそのどれもをする気になれず、まるで甲斐のないひとりの主婦にでもなったような心地で気分が悪かった。
「ブラジル、ブラジル」
 私はあの男が拵えた地球儀を丹念になぞりながらその位置を確かめる。それから球を半周させてその真裏にある島国日本に中指をつきたてた。
 あれから随分経つのでそろそろ半周くらいはしていてほしいものだ。私は考えて、「島国」をもう一度よく視る。太平洋も日本海も干からびて島国はもはや大陸と地続きになっている。歪なひし形北海道もわずかな起伏を残して辛うじてその面影を保っているにすぎず、やれ排他的経済水域だやれ領海権だと揉めていたすこし昔のできごとがなつかしい。剥き出しになった海嶺も海溝も、ときおり対流マントルの影響で地震こそ引き起こしはするものの津波の心配などは全くと言っていいほどなくなったので人にとってそれは必ずしも悪いことであるとは言いきれなかった。しかし。地球は大陸プレートのツギハギだらけ、水も枯れ色も枯れ今はカピカピの黄土色球体が宇宙にむなしく浮かんでいる。青く輝くあの星を知っている私にとって、それはどうしたってかなしい光景なのだった。
「日本か……」
 もとより資源の少ない国で、技術分野の発達によって自身を護ってきたかの国。地球規模の資源枯渇が進んだ今日においては、相対的に見ればむしろかつてよりも栄えたといってもよい。そういう珍しい国のひとつであった。
 地球儀の上に小さく残った日本海の忘れ形見、新潟県の内に組み込まれたその沼を日本沼という。ブラジルから発って均等に財産分与をする気があるのなら、あの男はこの辺りを通過する。爪を立ててカツカツ音を鳴らし、私は地球儀を徒に回転させた。


作品名:離婚調停(途中) 作家名:宮田