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「 ソノ鳥 ネガイカナエシモ 人 サラウ モノナリ 」

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 子どものそれに、男はこたえず口元をゆるめた。






 ――― あれほどたくさんの、重なったさえずりは、もう、聞こえない。
 ――― あれだけ流れた光も、もう、見えない。
 
 ――― あるのは、いつもの、満天の星。
 
「・・『雨』も、やんだな」
「・・・これが終わるのを、待ってたってことか・・」
「ただしくは、この地上から『雨』が見える『時』を待っていたんだろう」
「ふうん・・・―― なんか、慌てて行ったって感じ」
「ここであれが見えるということは、かれらの言う『空の中』ではきっと、降り止んでいるのだろうな」
「『空の中』って・・・どの辺だよ」
 子どもは首をのばすように真上を見る。
 つられたように見上げた男がまじめに答えた。
「ここから見えないということは、確かだな。だが、この『雨』は、こうして時々ふるのだろう。――― わたしが調べた古い言い伝えで、星の降る前ぶれに現れる、鳥の話があった。―― 幸運を呼ぶ鳥だそうだが、決して、・・話しかけてはいけないそうだ」
「なんで?」
「―――・・・さあ、理由は書いてなかったが、その時に、村人が数人、突然行方不明になり、『星に連れていかれた』と伝えられている。だから、その鳥をみかけたら“家から出るな”、という、ありがたい迷信だ」
「・・・・・・・」
 何も言い返せない子どもに満足気な視線を送り、テントも何も残っていない、元の状態になったそこを確認した男は、懐から出したライトで合図を送った。
「さて、招いてもいない客人も帰ったことだし、これでようやく、睡眠時間がとれそうだ。きみたちも、明日からはどこを歩き回ろうとも勝手だが、今は観念して、あっちに待つ車に乗り込み、さっさと自首するんだな」
 むこうにある農家の近く、車のライトが点灯。観念しきれない呻きを漏らす子どもを、男は見下ろす。
「―― きみが思っている以上に、周りには心配性な人間が多いと、わきまえておくんだな。わたしだって、そう都合よく現れるとはかぎらないのだよ ―― 」
 軍人らしい、感情のこもらない声で男は続けた。
「―― もし、わたしが邪魔しなかったら、きみは、どうしていた?」
「・・・・そ、それは、・・えっと・・・・・」
「・・・きみは・・・、まっすぐすぎる。・・もしわたしがきみの立場でそう聞かれたら、ついていくわけないだろう、とすぐに答えるね。・・・・たとえ、――― 本当は、一瞬心がゆらいだとしても、 だ 」
「そんなこと、」
「間違っていると、思うか?」
「・・・・・」
「・・・まったく、・・きみは・・ ――― 」
 ふ、と口元をゆるめた男は、いささかおとな気なかった自分を戒める。
 
 ――― なにも、そんな顔をしなくとも・・・

 眼だけは、あいかわらず挑むようにむけられたままで、その、大きな瞳に水気が張ってきたことは、大人として、気付かなかったフリをする。

「―― 帰ろう。中尉が、極上の笑みでお待ちかねだ」
「・・・あんたは・・・」
「ん?」
「あんただったら、・・・あの『手品』、教えてもらったかよ・・」
 先に歩き出した軍人は、きっとまだこちらをにらんだ子どもを振り返らないまま答えた。
「――― あいにくと、一度なくしたものを、再び取り戻したいなどと思うほど、しつこい男ではないのでね。別れを切り出されたら、縁がなかったと」
「あんたの交際術なんか聞いてねえ!」
「では、正直に言おう。取り戻したいものはあっても、またそれを、いつかなくすのかと思うと、こわくて手も出せない。それに、無から際限なくうみだす方法など、あってはならないものだ。わたしにとって、あいつらそのものが認められない存在で、それになにか教えを請うだとか、いっしょにゆく、だとかとても考えられないことだし、できれば今後二度と会いたくない種類のやつらだ。それにつれていかれそうになったきみは、まったくもって賢いのか馬鹿なのかどう考えたらいいのかわからないほどののん気者だ。少しは自分のことと、周りの人間のことも考えてから行動するようにこれから訓練したまえ。それと、もっと嘘をついていい。じゃないとこの先、あんなあやしげな奴や、わたしのように口先がうまい大人につけこまれて利用されるなんて可能性も大だ。弟だっていっつもそばに必ずいるわけじゃないんだぞ。きみはしっかりしてそうだが、実はしっかり間も抜けているという事実を知っておいたほうがいいだろう。以上が、『今のきみ』に、わたしが答えたいことすべてだ。――― どうした?聞いてもいなことまで答えたのが気に入らないかね?腹が立ったなら怒ればいいだろう。だが、訂正も謝罪も、する気はない。―― わたしも、きみに腹を立てているからだ。あんな男の虚言に翻弄されるなど、まったくもってきみらしくもない。さらに言えば、さっきのわたしの意地の悪い質問など、いつものように、うるせえ、と蹴飛ばすべきだった。いいかね?わたしたちは、どこもおかしくなどないし、わたしたちの方法は、“これだけ”だ。――― このわたしが言うのだから、間違いはない。・・・なんだね、その眼は」
「・・・あんたって、・・・・・」
 ―― 言いたいことも、思ったことも、そりゃたくさんあったけど。・・・・なんとなく、全て飲み込む。
「・・・なんでもねえよ。・・おとなしく、自首しとくか・・」
 先を歩き出した子どもの背を眺める男は、思い出したことを付け足した。
「―― そういえば、どこかの国では、空を降る星に願いをかけると叶う、という言い伝えがあるらしい。あれほど降っていたのだから、願いたいほうだいだったな」
 腕を組み、悔むように上を見る男を、子どもは笑う。
「そんなんで叶ったら、それこそどんな『手品』だよ?だいいち、おれが知ってるあんたの“叶え方”って、そんなかわいいやりかたじゃねえし」
「――― ほお。きみは、意外とよく、わたしを『知って』いるんだな」
「っつ!?ばっ、ばっかじゃねえ!なに、にやけてんだよ!」
「いやいや。さあ、ほんとうに帰るぞ。 
               ―――― 皆が、待っている」

 珍しく、やさしげに微笑んだ男の後ろに、星がひとつ流れる。

 突然、なにかをごまかすように先をいそぎだした揺れる金色のシッポを、手袋をはずした手が触れたのには、持ち主の子どもは気付かない。

 
 ――― わたしだって、願うことはあるのだよ


 静かな空をふりあおぎ、男はわらう。

 ポケットの中、手袋を握ったままの手に、かたく力が入っていることさえ、男が気付くことはなかった。