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「 ソノ鳥 ネガイカナエシモ 人 サラウ モノナリ 」

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 ご機嫌な子どもは車で訪れたそこに、歩いて着いた。旅なれた足にはこんな距離なんともないし、うまく脱走できたことがなにより楽しかった。ちょっと遠い散歩かもしれないが、バレる前に戻ればいいさ、と考えること自体が、まだ子どもの証拠なのだが、本人はそれに気付けない。

 昨日見たテントはそのままだ。少尉はここに人はいないと言ったが、そんなことはないと思う。よく見れば、そこここに洗濯物が干してあったり、食器が一箇所に集めてあったり。
 
        ぴゅるるるっりりりりりりり

 きのうの鳥の声だ。少尉が言った言葉の意味もわからないではないが・・、そんなことってありえるか?―― まあ、それでも誰かさんの幻覚説よりはマシかもな、なんて梢にその美しい声の主を見つけて思う。
 たしかに見たことのないほど美しい羽を持つ鳥だった。
 ――― これが、ほんとうは人だって?
 きれいなさえずりを続ける姿を見上げていたら、その鳥が飛び立って、くるりとこちらの足元に舞い降りた。

「へえ。人懐こいなあ」
「人だからね」
「っ!?・・しゃ、しゃべった?・・」
「どうかな?手品かもね」
「ってことは、どっかに仕掛けが?」
 
 子どもが伸ばした手を避け、飛び立った鳥は、少し先の潅木の茂みへ消えた。
 駆け寄れば、ざわりと揺れたそこから、すっく、と一人の男が立ち上がる。
「――― えっと・・・」
 目の前に立ちはだかった相手の顔を見上げ、子どもは一瞬言葉をなくす。
 ――― すっごい美人な・・・男だよなあ・・・
 黒く長い髪。白い肌。深く青い眼。
「あなたは、昨日もここに来ましたね?」
「・・・見てたのか?あんたたち、どこに隠れてたんだ?」
 男はくすりと笑った。その顔が、やはり女のようで、声との違和感にエドは眉をよせる。
「――わたしたちは、この、木の中に」
「・・・さっきの鳥に、なってたっていうのかよ?」
「ええ。うたって、見送ってさしあげたでしょう?」
「・・・あんたさ、顔はきれいだけど、性格悪そうだな・・・。おれが知ってる奴に、似てるかも」
「ああ、あの、『燃やす』人ですか?」
「 ――――― 」
 穏やかな表情を見上げる金の眼は、怒りをふくむ。
 相手は、またしても、そぐわない声で笑った。
「――― ああ、そうか。あなたも、おかしなことをするのですね?」
「あんただって、するだろう?」
「わたしたちは、方法が違う」
「どういうやりかたなのかは、わかんねえけど、あんたらも、『野菜をもらって、花を返す』って聞いたぜ。他のも、きっと、何かと見合ったもので交換してるんだろ?」
 ――― 『対価』は、必要だ。
「・・・・ほう、あなたがたの方法は、それか?」
「っ!?・・・・あんたたち、・・・ちがう・・のか?」
「やはり、あなたがたは、おかしなことをしている」
「お、おかしくなんか、」
「ない、と?では言い直そう。あなたがたの方法は間違っている。―― 間違いは、矛盾を生む。矛盾から破綻をきたす。それにより、なにかを、失う。―― 違いますか?」
「 っ――――― 」
「しかも、あなたたちのその『方法』は、限られた一部の者しか知らないというのに、知らない者達を巻き込み、奪うことがある。――― それは、あなたがたの言う、“交換”か?」
「そ・・、」
 にらみあげたそれに、今気付いたように、男が、細い指をのばす。
「!?っ、」
 反射的に引いたはずの身体は動かなかった。 ――視線さえ、そらせない。
 つう、と頬に指先が伝い、見合った男の濃い青がうれしそうにゆれた。
「―― あなたは、美しい星をお持ちだ」
「・・・・・・・」
 目元をなぞられて吐かれた言葉の意味がわからない。 が、次の瞬間には一気に顔が熱くなる。
「っば、あ、あんた」
「―― もしくは、・・・あなた自身が、美しい星か」
「・・・・っよっく、そんな恥ずかしいセリフ、顔色も変えずに言えるよなあ・・・」
 やっぱりどこか自分が知る男に似ている、と子どもが赤い顔で考えていれば、余裕の笑みを浮かべた顔が近付いた。
「――― わたしたちと共に、くるか?」
「じょうだん」
「わたしたちの『手品』を、あなたに教えよう ―――― なくしたものを、とりもどしたくはないか?  」
「 ―――――― 」
「これ以上に、何かをなくすこともない。あなたのように美しい星を『中』に持つ者は、―――     際限なく、   うみだせる     」

             
             「それこそ間違いだ」

「っ!た、たい」
「その子から離れてもらおうか」
 黒い目をすがめ、こちらに手袋をつけた手をかざす男は、あきらかに機嫌が悪い。
 やべえ・・と内心ちょっと反省の子どもの身体が、ふいに動かせるようになり、あわてて美人な男から離れた。
 おのれを挟む軍人と子どもの間に立つ男は、かわらぬ穏やかな表情で二人を見比べる。
「あなたたちのやり方は、残念ながら、わたしには効かない」
「なんだよ?じゃあひとつ」
「待て、鋼の。仕掛けたら、むこうが手を出していい理由になるぞ」
「出されたら困るっていうのかよ?あんた、こいつらの『手品』は『幻覚』だって」
「そう願ってどこが悪い?」
「ねがっ、・・て・・・・じゃあ、幻覚じゃねえって認めてんの?」
「認めるかっ。残念ながらわたしは、この手の人間たちを受け入れる器は持ち合わせていないのでね」
 本人を目の前に、というよりは、挑戦的な黒い眼をむけ男は言い放つ。
「ここに留まるのを許しているだけで、最大の譲歩だということを知っておいてもらおうか。去るときに、草花一本さえ、持ってゆくことは許さない。――― 鋼の。こちらに早く来い」
 いいながらも、眼も、手も、まだ男にむけたままだ。
 決まり悪くも、子どもは言われたとおり、軍人の横に来た。
「――― 二時間は、覚悟しておくんだな」
 手を下ろした男は、横の子どもに説教の予想時間を言い置くと、さっさとそこを後に歩き出す。
 あわてて追った子どもの横を、例の鳥が追い抜いてゆき、高く鳴く。
 身構えた男と子どもの頭上高く昇った鳥がさえずりを強めたとき、子どもがそれをさした。

「あ、・・・・わ、なんだ?あれ」
「――― ・・なるほどな」
 陽が落ちた西の明るい空とは逆方向。夜を迎え始めた藍色の東の空に、すっ、と白い、なにかが走る。
 
 ひとつはしり、ふたつ。 間をとって、またひとつ。
 かと思えば、続けざまに。



       ぴゅるるるるるるるるっりりりりりりりりり




 上を旋回する鳥がまた鳴いたとき、あたりの梢があわただしくなり、次々と同じ声で鳴く同じ鳥たちが舞い上がる。
 ばたばたばさばさと空いっぱいを埋めるようなそれに、子どもが顔をそむけた。
「しっかりと、見ておくんだ」
 軍人は、かばうようにした子どもにささやき、空を指す。

 空には、次から次へと白い光が走る。
 星が流れているのだと、こどもは初めて理解する。
 ほんの一瞬の輝きが、次々と、同じ方向へ、あちこちで、流れ、流れ、天の星たちが、全て落ちてしまうような、まるで ―――。
「・・・降り落ちて、・・こねえかな・・・」