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新しい夢の始まり

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−−−嫌だ、いてぇよっ
−−−ふざけるな、ぶっ殺すっ

顔が見えない男が小さな金髪の子供投げ飛ばした。
その小さな男の子は自分を投げ飛ばしたその男を睨み付ける。
それを見た男は邪心を含む笑みを其の子に向けた。




−−−なんで・・・・・・殴るんだよ・・・・・・
−−−なんか悪いことしたかよ、俺・・・・・・。

男は何も発しない。
ただ男の子を殴り、そして蹴り飛ばす。
男は始終笑っていた。




−−−ごめんなさい
−−−もう打たないで


「・・・さい・・・めんなさい、ごめんなさい、もう許して・・・っつ・・・」
動機、激しい息切れと共に荒々しく眼が覚めた。
彼の眼からは涙の跡がくっきりと残っていた。

遠い昔。
もう遠くて遠すぎる昔の記憶。
忘れたくても忘れられない記憶。
眼が覚める前に顔も見えぬその男に言われた言葉

『誰もお前は必要としてないんだ。いっそ消えてしまえば良いのに』

その言葉だけが頭に残る。
夢なのだから殴られ、蹴られた痛みはないが、それでも昔受けた感覚からなのか、彼は其の身をベッドから起こすと身を縮めた。
必要ないと言われたその言葉が胸に突き刺さる。
いつも何処かで感じていたこと。
それを突きつけられたようで、胸が苦しかった。

「朝から胸くそわりぃ・・・」
そう言うと彼はベッドから出て着替える。
折角の休日も、この悪夢のせいで台無しだという意味も込めての言葉。
そして、言われた言葉の意味を考えそうになった自分への気持ち。

身支度も整い、自宅で何かする気にもなれず、どうするか悩んだ。
支度をしている間入れた紅茶を飲みながら、色々考える。
もちろん、先ほど起きた夢でのことではなく、今日をどうするのかを。

ふと、いつもアポ無しで突然現れては、騒がしくはた迷惑な弟であり、心の底から愛している恋人のことが頭に浮かんだ。
「・・・逢いたい。」
誰に聞かせるわけでもない言葉。
自然と口から零れたその言葉は、彼の本心。
面と向かって言える彼ではないから、一人だと自然と零れる本音。
彼は、いっそ昔からの腐れ縁のフランシスのようにはっきり言えたらいいのにと、たまに思うようになった。
それもこれも、弟として育ててきた男を、一人の男として愛してから、そう思うようにはなったのだが。


「ねぇ、アーサー、誰に逢いたいんだい?」
ふと、自分の後ろから声がする。
逢いたいと思っていた愛しい男の声。

アーサーはびっくりした顔でその愛しい男を見る。
いつも神出鬼没で、アポ無しで来るのだから、突然の訪問なんていつものことだ。
別段びっくりするようなことでもない。
それでもびっくりしたのは、そのタイミング。
アーサーの頭の中はフル回転していて、タイミングよく現れたその愛しい男が幻かなんかだとすら思い始めている始末。

「アーサー?まだ寝ぼけてるのかい?」
笑いながら小首をかしげながらアーサーに問う。
彼もまた、ここまで驚かれるとは思っていなかったようだ。
それと同時にアーサーの口から逢いたいと言わせた相手のことが気になった。
アーサーがそう言う事を言わないのは、重々承知しているからだ。
言わないから、いつも真っ赤になりながら言おうとしてるアーサーを見るのが楽しくもあり愛おしいと思うのだ。
それを自分の事かもとは思いつつ、もし違ったらと思うとムカついてくるらしい。

「アル・・・、あ・・・いや、お前がアポ無しで来るからだろ、びっくりしたじゃねぇか。アポくらい取れよ」
我に返ったアーサーは、何時もの如く冷静になろうとアルフレッドに食って掛る。
そう何時もの挨拶。
そして何時もなら、『君に逢いたくなったから来たんだけど駄目だっかい?』と言われてアーサーが真っ赤に照れて、『別に駄目じゃねぇよ』とポツリと言ってアルフレッドとアーサーの一日が始まる。
アルフレッドからしてみれば、アーサーと思いが通じたあの日、家の合鍵をくれた時点で、俺だけはいつ来てもいいからと、アーサーがそのためにくれた鍵だと思っているからの行動であり、アーサーのその照れ隠しの行動がかわいくてついしてしまうことでもあるのだけれど。


「ねぇ、アーサー、誰に逢いたいの?さっき言ってたよね?聞こえちゃったんだぞ」
じっとアーサーを見つめるアルフレッド。
その目線を外すようにアルフレッドからアーサーは背を向けた。
そんなことされたアルフレッドは面白くない。
それと同時に自分に向けたものじゃないかもしれないという不安もつのる。

無理やりアーサーの腕を引っ張り、自分と対面できるように引き寄せると、アルフレッドは自分の胸の中にアーサーを抱きしめる。
不安と苛立ちをアーサーに悟られないように、それを隠すかのように。

「アーサー?
 何で逃げるんだい?
 聞いちゃいけない事だったかい?」
すっぽりとア自分のの胸に収まったアーサーをぎゅっと抱きしめる。
そして、アーサーの綺麗な整った顔を苦笑いをしつつ見つめるが、眼が笑っていない。
さも言わないと聞き出すかの勢いの眼。
そんな眼をしていても、もし逢いたいと言った相手が自分じゃなかったときの予防線のように、アーサーが誤魔化した時に自分を守れるように、苛立ちを隠すように普段と違う聞き方で聞いていることに気づかない。


「ちょ・・・ちょっと夢見が悪かったんだよ。
 ただそれだけだ。
 べ・・・別にただぽろっと出ただけで、アルに逢いたかったとかそんなんじゃなっ」
そうそう言ってふと口を摘むんで、顔を真っ赤にしながら俯く。
それを嬉しそうにアルフレッドは見つめ、アーサーをきつく抱きしめる。
安堵と嬉しさを本来なら体全体で表したいところだろうが、アルフレッドは愛しい自分の恋人をきつく抱きしめるだけに留める。
今のこの時間がアルフレッドは幸せに感じているから。

「夢見って・・どんな悪夢見たんだい?
 話せば楽になるって菊が言ってたぞ」
そういうと、顔を真っ赤にしているアーサーの頭を優しく撫でた。
そういわれても、アーサーは話す気にはなれなかった。
いや、話したくもなかった。
特にアルフレッドにだけは。
昔の弱かった自分をさらけ出すのは別にいい事だとは思う。
けど、知られたくないことが一つだけ。
見知らぬ男たちに玩具にされた事があるという事だけはどうしても言えない。

いつまで経っても困ったような顔をしたまま言い出さないアーサーをじっと黙って見つめたまま、アルフレッドは黙り込んだ。
もう一人、自分の我侭を聞いてくれる菊に言われた事を思い出したからだ。

『いいですか、アルフレッドさん、相手が言い出しにくそうなことなどは、相手が自分から言い出すまで黙って待っていて上げてください。
 強引に聞き出すと相手を傷つけてしまうことがあるんです。特に愛しい人にはそうしてあげてくださいね。』
そう菊に言われた事を頭の中で反芻しながら、アーサーが話し出すのを抱きしめたまままつ。
何時もなら、菊の小言なんて言われてすぐ忘れていそうなのものなのに、何故かこの言葉だけは頭に残っていた。

いつまで経っても、何時もなら強引に聞いてきそうなアルフレッドからの言葉がない。
ただ黙って頭を撫でていてくれるだけだ。
作品名:新しい夢の始まり 作家名:狐崎 樹音