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孤独な彼との数ヶ月 4

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――四ヶ月目――





『いばらの王』






兄の魂を、この世に呼び戻し、拘束した。
それが、今月の初めのこと。
すこしばかり魂に干渉して、過去の記憶をすべて封じて、そして、生き人形の体に吹き込んだ。
記憶を封じたのは、自傷行為などをして欲しくないからだ。
雪男の行動を怒るくらいならいい。
でも、自分の置かれている状況を悲嘆したり、もし、自分はこの世にいてはならないとか、そんなことを思いつかれてしまったら?
それだけは絶対にあってはならない。
とにかく、兄の魂を、記憶を持ったまま急に人形に入れるのは危険な気がした。
短気な兄のことだ。やっと取り戻せた矢先から、うかつなことをして欲しくない。
兄に、どうしても、言いたかった言葉がある。でも、急がないつもりだった。いつか、言えたら、それでいい。
今は、記憶のない兄でいい。
なにも覚えていない、まっさらな心。
それなのに、魂を吹き込んだ人形は、生前とかわらぬ兄の笑顔と元気さを見せて。
やっと、兄が戻ってきてくれたと安堵した胸の内は、事情をなにも覚えていない兄には内緒だった。
魂が篭っていなかった頃とは口調も態度も変わり、すっかり、兄そのもの。
前のようには優秀ではない秘書だけれど、それでもいいのだ。
共通する過去の記憶がないことを、寂しく思っても、日々は平穏に過ぎていく。
取り戻した燐という幸福の形。
そばにいてくれる、今はただそれだけで……。
ああ、でも、今度は、もう兄の好きにさせる気はないのだ。
雪男をひとり置き去りにすることを選んだ、かつての、その残酷な選択。
兄に選ばせていては、いつまでたっても、安心できる日などこない。
そんな自分の決断を苦くわらう。
程度は違えど、似たように相手にとって酷な選択をするのは兄弟だからなのだろうか?
自分たちは、おかしなところで似てしまったのかもしれない。
兄が死んでから、間違ったことをいくつもしてきた気がする。
いや、きっと間違っているのは、もっとずっと昔からなのだ。
だが、きっと、これからも自分は間違い続けていくのだろう。
手探りで、あがきながら、もがきながら。
まだ人間だったころ、守ると誓った、その想いを優先して。






+++++






かれのことを考えると、時折、とても胸が苦しくなる。
床一面にびっしりと描かれた魔法陣の真ん中で、ゆるやかに覚醒して、瞳に一番最初に飛び込んできたのは、かれの姿。
その時、あたりには、濃厚な人間の血のにおいが漂って、生臭かった。それに肉の焦げた酷いにおい。さらに、それらに混じって、かすかに硝煙のにおいもした気がする。
人間の死体は目に付くところになかったが、きっと、近くに間違いなくあったのだろう。
かれは、暗闇を背負って、鬱蒼とわらった。


『やっと……』


かれは、なにか言おうとしたが、しかし目を細めて愛しそうに自分を見つめ、それ以上、すぐには言葉を継がなかった。
燐は、小首をかしげた。
どこかで、かれを見たことがあるような既視感。
記憶に、もやがかかって、なにひとつうまく思い出せない。
なぜ、ここにいるのか、いつからいるのか、かれが誰なのか、疑問が次々に浮かんでは消える。
答えを記憶に求めるが、どうしても、目覚める以前のことは、思い出せそうになかった。
(“ 記憶 ”なんて、最初からないのかも……?)
ふいに、そう思った。
真っ白な記憶。
なにも分からないことが、もどかしいのに、“ 記憶が存在しない ”ことに、どこかほっとする自分もいる。
おかしい、おかしい、なにかがおかしい、そう思いはするけれど、思考はかれの熱にさえぎられた。
抱きしめられたのだと自覚するより先に、かれは、燐の頭のてっぺんにキスをした。祝福をおくるみたいに、愛情をこめて、とても敬虔に。


『何も思い出さなくていい。僕がいる。それがすべてだ。それ以外に、あなたに必要なものはなにもない』


かれの声は、どこかあぶなっかしい狂気をはらんで響いたが、燐は従った。
思い出すことがすこし怖かったし、かれの熱が存外、やさしかったからかもしれない。
それから、燐は、自分が、誰かの死体から作られた生き人形で、かれが主人だということを少しずつ知っていった。
『適当な死体と、ありあわせの魂から作ったわりには、うまくできたと思うよ』
そう言って、どこか悲しそうにわらった、かれ。
しばらくして、『今日から秘書の仕事ならしていいよ』とそう言ってくれて。
それが、少し前の話。
今は……。