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Nothing day

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誕生日―――なんて。


誰にも教えるつもりはなかった。
今更祝ってもらうような年でもないし、
誕生日だからといって何かが特別なわけじゃない。

それは、知らなければ他人にとっては何でもない1日に過ぎなくて、
誰かに知られなければ自分にとっても何でもない1日だ。


卑屈になっているとかではなく、
単純に自分の誕生日というものに関心がなかった。

だから、上京してからは誰も私の誕生日を知る人はいなくなった。
今までも、そしてこれからも、それでいいと思っていた。

平穏で、いつもと変わりない1日。
今年も、きっと同じように過ぎていく。

そう思っていた。




―――厄介な、あのナマモノが出てくるまでは。




「あーんーずー!!」

『散れ。』

「も゛っ?!」



ちょこまかと近付いて来ようとしたタヌキを一蹴した。

手を使うのすら面倒で足で追い払うと、
一歩飛びのいたもののまた近寄ってきた。



『寄るなこのナマモノが。』

「ひどいもー!!あんずはどうしていつもそうやっていじわるするんだも!!」

『邪魔。存在が目障り。視界に入れたくない。』

「もーっ?!?!?!」



ナマモノはその場で膝(?)から崩れ落ちて、
まるで当てつけかのように打ちひしがれていた。

それを見たところで私には痛くも痒くもないし、咎めるような良心もない。



『で?用件は?』

「?」

『用があったから呼んだんだろ?
 用もないのにただ呼んだだけとかだったら慰謝料取るぞ。』

「え、あ、よ、用ならある!も!!」

『大した用じゃなかった場合も慰謝料取る。』

「あああああああんずの誕生日が知りたいんだも!!」

『・・・・・・・・・今夜はたぬき鍋か』

「何でなんだもー?!何でそんな遠い目をするんだも!?」



教える気は、さらさらない。

教えたところで何かが変わるわけでもないし、
祝ってもらうような気もない。

スルーして立ち去ろうとしたところで思いっきり足を掴まれて、
危うくバランスを崩して倒れそうになる。



『・・・・・・お前、マジでつまみだすぞ。』

「だってこうでもしないとあんずは逃げるも!!」

『当たり前だ。誰が教えるか。』

「何でだもー!教えてくれたっていいも!!」

『例え他の誰に請われようとお前にだけは教えない。』

「だから何でなんだもー!!」

『うるさい黙れ煮込むぞ。』



そこまで言ってもタヌキは手を離そうとはしなかった。
それどころかもっと強く足にしがみついている。

離れようとする気配はどこにもない。



『・・・・・・何がしたい。』

「も?」

『私の誕生日を知ったところで、何がしたいんだって聞いてるの。』

「祝いたい!あんずの誕生日のお祝いしたい!!」

『却下。』

「何でだもー!!」



そう言えば教えてもらえるとでも思ったのだろうか。
何と言う単純で浅はかな思考回路なんだろうか。
絶対になりたくはないけどある意味羨ましいぐらいだ。



『私は祝われたくないの。いつも通りでいいの。
 だから誰にも教えないし、祝われたくない。』

「だからなんでだも?誕生日は幸せな日だも?
 あんずも嬉しいし、お祝い出来てみんなも嬉しいも??」

『それが余計だって言ってるの。わかったら離れろ丸焼きにするぞ。』

「・・・やだも!!」

『だからだったら離れろって―――』

「そうじゃないも!タヌは知りたいんだも!!」



いつになく真剣(そう)な顔をしていた。
正直タヌキの表情の変化なんてよくわからない。
だけど、何となく必死に訴えているように見えた。



『・・・何でそこまでして?』

「タヌは、嬉しかったんだも。
 あんずが、タヌの生まれた日作ってくれて、お祝いしてくれて、
 すっごく、すっごーく嬉しかったんだも!!」

『・・・だからあれはどこかの誰かだったって言っただろ。』

「それでもいいも!
 それでもいいから、タヌは嬉しい気持ちのお返しがしたいんだも!!」

『・・・・・・』



心のどこかで、自分自身が「諦めろ」と言っていた。
どう見てもナマモノの方は諦めそうにないし、
このまま過ごしていても店の開店準備に行くのが遅くなるだけだ。



『今日だよ。』

「ふめふめ、あんずの誕生日は今日………………今日?!」



タヌキは完全にフリーズしていた。
つついたらそのままの形で倒れそうなぐらい、見事な硬直っぷりだった。



『おいアホタヌキ、絶対に誰にも言うなよ。店のみんなにも、絶対に。』

「え、ちょ、あんず?!待つも!!何でもっと早く言ってくれなかったんだもー!!!
 それじゃお祝いの準備間に合わないもー!!」

『だーから祝われたくないって言ってるのがわかんないわけ?』

「だだだだってだっていきなり言われたって何もできないも!!」

『何もするなって言ってるだろうが。毛皮剥いで売るぞ。』

「いーやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



足元でタヌキの絶叫が響く。
今すぐ窓から放り出したい程度には耳触りだ。



『ほら店に行くんだからさっさとどけ。置いてくぞ。』

「あ、ま、待つんだもー!!!」

『くれぐれも、店のみんなに言うんじゃないぞ?
 言ったらどうなるか………わかってるんだろうな?』

「もっ………」



にこやかな笑顔を向けると、何故かタヌキは委縮した。

まさかこのタイミングで教える羽目になるとは思わなかった。
何もさせる時間がない分良かったのかもしれないけれど、
どうして教えてしまったのか自分でもわからない。

きっと、ほんの気まぐれだ。
この先、きっと誰にも教えることはない。

ナマモノが不審な動きをしないか目を光らせていたけれど、
みんな仕事中だしどうにもしようがないのか、
ひとまず他のみんなにバレてしまうことはなさそうだった。
作品名:Nothing day 作家名:ユエ