Nothing day
「すいません!俺、ちょっと用事あるんでもう帰ります!
お先に失礼しまーす!!」
「俺も!お先でーす。」
「2人ともお疲れ様。」
『お疲れ様でした。』
「バイバイだもー!!」
結局、その日は何事も起こらなかった。
気付けば日付も変わっていたし、タヌキが余計なことをしなかったことに安堵した。
いつも通りにお店の営業を終えて、片付けをして、
それから少し足早にamuとりせはは帰っていった。
残ったオーナーと私(とタヌキ)は少しのんびりと帰り支度をして、
店に鍵をかけて分かれようとしたあたりでオーナーが唐突に声を上げた。
「あ、そうだあんずさん!」
『何ですか?』
「海行きませんか、海!」
『………オーナー、元気ですね…。
でも誘う人をものすごく間違えてませんか?』
どこをどう見たって、私と海じゃイメージがかけ離れ過ぎている。
男2人で海なんてのもむさ苦しすぎるし、
どうせ行くんだったら私なんかより若い女性の方が良いに決まってる。
「いいじゃないですか、行きましょうよ!
朝焼けの海、なんてのもたまにはいいでしょう?」
『オーナー、何か悪いものでも食べました…?』
「何でそうなるんですか!僕は普通ですよ。至ってまじめです。
ね、行きませんか?何か用事でもあるんですか?」
『いえ、特には―――』
「よし、じゃあ行きましょう!!」
『え、ちょっとオーナー!!』
止める間もなく、オーナーは私の腕を引っ張ってどんどん進んでいく。
日が昇りきらないうちに動き始めた電車を乗り継いで、
まるで青春ごっこみたいだなぁと思いながら揺られていた。
「わーっ!あんず!海!海!!」
『だからお前は煩いんだっての口塞ぐぞ』
「おーっ!!絶景ですねぇ!!」
薄暗い中で見る海は、何だかいつもと違う気配がした。
海風も気持ち良くて、昼間に見るのとはまた違う風情がある。
子供みたいにハシャぐタヌキとオーナーの後を追いながら、
どんどんと砂浜の方へと向かっていく。
「よし、もういいぞ!」
「せーのっ!!」
『え?』
オーナーとタヌキの掛け声がかかる。
状況が飲み込めないまま立ち尽くしていると、目の前で花火が煌めきだした。
気付くと、帰ったはずのamuとりせはもいた。
オーナーとタヌと一緒に並んで、こっちを見ている。
砂浜に円が書かれていて、
その中には何本もの花火が立てられていた。
火花で良く見えないけれど、何か文字が書いてあるようにも見えた。
『これ…は………』
わかるようで、わからない。
わかっては、いけないような気がした。
「あんず!!」
「「「お誕生日おめでとーっ!!!」」」
『・・・・・・・・・』
やっぱり、祝われていたみたいだった。
だんだんと消えていく花火の跡を見ていると、
そこには砂浜に書かれた「HAPPY BIRTHDAY ANZU」の文字。
「ちょっと誕生日には遅れちゃいましたけど、許して下さい。
あと、時間もなかったんで本物のケーキは準備できませんでしたけど…。」
「あんずさん水臭いですよー。教えてくれないなんて。」
「そうそう!俺たちがいっくら聞いても教えてくれないんだもんなー!
あ、でも、タヌよくやったぞー。エライエライ!!」
『―――――…』
視線を横に走らせる。
そこにはこそこそと隠れようとしている物体がいた。
『・・・逃げるなこのクソタヌキ。』
「あああああ待つんだも!!あんず!!聞いてほしいんだも!!」
問答無用で捕まえた。
逃がすわけがない。
首根っこを掴んで持ち上げると、
何とかして逃げだそうとしてジタバタと抵抗していた。
『言い訳ができるものならしてもらおうか?あぁ?
絶対に言うなって言っただろうがこのドアホが!!!』
「あああああ!!だって!だって!!!」
『このまま海に沈めてほしいのか?ん??』
「いーやああぁぁぁぁ!!!」
「まぁまぁあんずさん、タヌの話も聞いてやってくださいよ。」
オーナーにそう言われたら仕方ない。
パッと手を離すと、べしゃっという音と共にナマモノが落ちた。
下が砂だから、大したことはないだろう。
「ったたた………。
あのね、あのね、あんずは祝ってほしくないって…
何でもない日って言うけど、でもやっぱりそれって違うんだも。
誕生日って、やっぱり大事なんだも。」
『・・・・・・』
「知らない人にとっては、それは何でもない日かもしれないも。
でも、タヌたちは知ってるも。あんずのこと。
あんずの生まれた日だから、タヌたちにとっても大事な日なんだも!」
『・・・・・・』
「あんずはすぐタヌのこといじめるし、怒るし、意地悪だけど、
でも、でもやっぱりタヌはあんずに逢えて嬉しかったし、
あんずとタヌが逢えるように生まれてきてくれて嬉しかったんだも!!
だから、生まれてきてくれてありがとうなんだも!!」
何と言っていいか、わからなかった。
ただ、怒られていたはずなのにナマモノは幸せそうに笑っていて、
私たちを見守っているオーナーと、amuと、りせはの目線が優しくて。
それを見たら、もう怒るに怒れなかった。
『―――…卑怯だよ、お前は。』
「もっ………?」
そっと、ナマモノに視線を合わせてしゃがみ込む。
『私なんかのことを気に留めなくても良かったんです。
何でもない普通の日で良かった。
けど―――…』
「けど………?」
『・・・久しぶりに祝われてみるのも悪くない。ありがとう。』
くしゃくしゃと、頭を撫でてやる。
くすぐったそうに、ナマモノは笑っていた。
『みなさんも、ありがとうございます。
短時間でここまで考えるの、大変だったでしょう?』
顔を上げると、みんなも笑っていた。
決して、悪い気分ではなかった。
気付くと太陽も上って来ていて、水面をキラキラと輝かせていた。
何だかとても眩い光景で、
たまにはこんな"普通じゃない"誕生日も良いのかもしれないと。
そんなことをぼんやりと思った。
作品名:Nothing day 作家名:ユエ