むかしのやくそく
『約束だよ』
『いっぱいお菓子作って待ってるからね』
とおい、とおいむかしのやくそく
誰としたかわからないけど、大切な約束
「イタリア」
「わっ、ドイツ!びっくりしたぁ」
俺がそう言うと、キッチンの入り口にいるドイツは、怪訝そうに顔をしかめた。
「何度も呼んだんだが?」
「そうなの?ゴメン、ちょっと…ぼーっとしてて」
えへへと笑ってみせると、ドイツはちょっと溜め息をついて、こっちへとやって来た。
眉間のしわはさっきより減っているから、怒ってはいないみたい。
「別に構わんが。それより、これは何だ?」
「え?」
これ、がどれか分からなくてキョトンとしていると、ドイツはテーブルの上を指差した。
そこに並んでいるのは、さっきからずーっと作り続けていたお菓子たち。
テーブルを埋め尽くすような量に、自分でもちょっとビックリした。
「こんな大量に作って、パーティーでも開くつもりか?」
「あ、これは……」
何て説明したらいいんだろうか。自分ですら、よく分かってない。
『いっぱいお菓子作って…』
ふと、頭に浮かぶのは、ちっちゃな頃の自分の声。
もうずっとずっと昔のことで、ほとんど覚えていない事だらけだ。
でも、この言葉だけは、ずっと覚えている。
「…何でかは、分からないんだ…俺にも」
一人じゃ食べきれない量のお菓子を眺めながら、ちょっとずつ話していく。
いつも説明は簡潔に手早く!なんて言ってるドイツだけど、今はじっと俺の話を聞いてくれている。
「でも、この時期になると、何かいっぱいお菓子作らなきゃって思って。多分…誰かと、約束したから……」
「…そうか」
ドイツは頷くと、テーブルに並んだお菓子の中から、タルトを一つとった。
「貰っても構わないか?」
「え?あ、うん…いいよ」
あれ?何でだろ。なんか、すっごいドキドキする。
ドイツに料理食べてもらうことなんて、今が初めてでもないのに。
何か……緊張してる、俺。
「……ふむ、うまいな」
「ほ、ほんと?!」
「ああ」
ふっと柔らかくなったドイツの顔に、俺もホッとした。
さっきまでの変な緊張も何処かに吹き飛んだみたい。
「そっかー。良かったぁ」
「…ありがとう、イタリア」
「………え?」
…な、んだろ…今の…
一瞬、誰かの声が、ドイツと重なって聞こえた。
「い、いや、その、菓子…うまかったから礼を言っただけなんだが…」
「…………」
ドイツの言葉に、嘘はない。ただ、それだけの言葉のはずだ。
なのに…
『ありがとう』
この声は、誰の声だっただろう?
『ただいま、イタリア』
これは、誰の言葉なんだろう?
分からない。
ドイツの姿が歪んでいって、誰かの姿と重なって、そして見えなくなった。
「………っ」
「ってオイ!何で泣くんだ!!」
突然溢れ出した涙が、ぼろぼろと落ちていく。
ドイツは慌てふためいているけど、俺は不思議とそんなに驚いたりしなかった。
「だ、大丈夫か?!どうしたんだ?」
「っわか…ない……でも……う…れしく、て…」
「あああ!そんなに泣くな!目をこするな、腫れるだろ!」
ドイツはハンカチを取り出すと、涙でぐしょぐしょになった俺の顔を拭いてくれた。
だけど、俺の涙は全然止まらなくて、ドイツのハンカチもびしょびしょになってしまった。
「ごめっ…ごめんね、ドイツぅ…!おれ、おれぇ…」
「あー…もう、好きなだけ泣け。その方がいいだろ」
諦めたように溜め息をつくと、ドイツは俺を抱き寄せた。
ぎゅっとドイツの胸元に押さえつけられ、ポンポンと優しく頭を撫でられる。
その温かさに、胸がギュッとなって、苦しくて。
俺は、ドイツにしがみついて、思いっきり泣いた。
どうしてこんなに涙が出るのか、とか
嬉しいとか、懐かしいとか、色んな気持ちがごちゃまぜになってて分からない
だけど、ただ一言、伝えたい言葉がある
姿も名前も忘れてしまったけど
ずっとずっと、大切だった君に伝えたい言葉
「っ…ぇり…」
『お帰りなさい』
ずっと、お菓子作って待ってたんだよ