NO.6集
懊悩煩悶(ネズ紫(もしくは紫ネズでも))
「ネズミって、綺麗だよね。」
この天然はいきなりそう言ってぬかした。
「・・・は?」
「え?だからさ、ネズミって、き・・・」
「いや、聞こえてる。いきなり何を言い出すんだ、と思ってな。」
夕食のシチューを作っていた時だった。
何か視線を感じるな、とは思ってはいたが。
「何か変な事、言った?」
紫苑はきょとんとしたような顔をしてそう聞いてきた。
変といえば変だし、変じゃない、といえば変じゃない。
「いや・・・。それより陛下。もうすぐシチューが出来ますんで、そこ、おどきいただけないでしょうかね。」
「え?あ、ごめん。」
紫苑はあわてたように場所をあけた。
「・・・あんたも綺麗だと思うぜ・・・?」
「へ?」
今日のもおいしいね、と言いつつ紫苑はパクパク、ほんとうに美味しそうに食べていた。
その時にネズミはふいにそうつぶやいた。
紫苑の手がとまる。
ネズミは食べ終えた器を置き、にやりと笑って横に座っている紫苑を見た。
「ぼ、僕は綺麗じゃないよ。・・・髪もこんなになっちゃったし・・・顔や体にも変な痕、残っちゃったし・・・。」
紫苑はぽかん、とした後で、そうぼそりとつぶやいた。
「いや・・・。その白いというより、透明な髪は柔らかそうで、いつだって触ってみたくなる。」
そう言ってネズミはそっと紫苑の髪に触れる。そして指先でなでるように触った。
「それにその跡・・・なったばかりの頃も言ったが、艶っぽい。」
次にネズミは紫苑の頬にある蛇行跡に触れ、頬から首へとすっと指をはわす。
紫苑はピクリ、と体を震わせた。
そしてポカンとしたままの顔でネズミを見た。
「充分、綺麗だ・・・。」
そう囁くように言うと、ネズミはそっと顔を紫苑の首元に近づけ、蛇行跡がついている箇所に触れるか触れないかといったように唇を落とした。
「ネ・・・ズミ・・・?」
「・・・。・・・・・・く・・・くく、あっはっはっ」
「っ??ネ、ネズミ!?」
ネズミは体を震わせたかと思うとふいに笑いだし、紫苑の両肩を手で押すように持って離した。
「おい、冗談だ。何唖然としてるんだ。」
「だ、だってびっくりして。」
「・・・だいたいあんたは無防備すぎる。そんなだから片付け屋にもあんな風に狙われるんだ、誘われるんだ。」
「そ、そんな事言われても・・・。」
「あの時の娼婦にだってな。」
「あ、あれはっ。・・・そう言えば・・・なんであの人、僕にキスした代金、君のキスとかで納得したんだ?」
娼婦の話が出たところで、ふいに紫苑はそういえば、と切り返した。
「そんなの知るかよ。」
「・・・君が、キス、上手だから、かな?」
「だーかーら・・・、・・・上手かどうか、そんなの知ったこっちゃない。なんなら、試してみるか?」
「え?」
ニヤリとして言ったネズミの言葉に、紫苑はまたポカンと見上げるような表情をする。
「・・・。まったくあんたは。そこ、普通否定するとこだろ。まったく冗談も言えないな。下手に笑うと水、ぶっかけられそうだしな。」
「っ。」
ネズミに呆れたようにそう言われ、紫苑は目を伏せた。
ちょっと、本気に、した。
さきほども、無防備だと言われたが、それはそうしてきたのがネズミだからだ。
ネズミになら、そうやって触れられたりしても、ちっとも、嫌じゃない。
キスだって・・・。
だがネズミにそんな事言っても多分また言葉の表現に気をつけろ、とか言われるだけだ。
きみに惹かれているからだ、と前に言ったときも、そうゆう事は簡単に言うな、と言われてしまった。
あの娼婦に絡まれた時だって、嬉しかった。
助けてくれないはずのネズミが現れてくれただけじゃなく。
「悪いけど、そいつ、おれのなんだ。返してほしいんだけど。」
嘘でもそう言ってくれた。
嬉しいのに。
惹かれているのに。
ネズミは触れてくれたかと思うとまたスルリと避ける。
僕の事、天然呼ばわりして分からないヤツだとか言うけど、ネズミだって充分、よく分からないよ・・・、紫苑はそう思った。
いっそ、僕から触れにいけばいいのかな・・・?
「何考え事してるんだ?」
「へ?ああ、いや・・・。やっぱあれかな、職業柄、色々演じちゃうから分からないのかな?」
「・・・は?相変わらず何を言ってるのかまったく分からん。主語やら何やら色々抜かさないで欲しいですね、陛下。」
ほんとにいつだって分からない。
ボーっとしてたかと思うといきなり鋭い事を言ったり行動に出たりする。
ひ弱そうに見えて、そうでもない。この西ブロックでやっていけるようにと、突き放すようにしていても、なんとか必死にくらいついている。
・・・助けられたからといって、紫苑を助けるんじゃなかった、ここに連れてくるんじゃなかった。
気付けば紫苑を必要としている。
独りでやってきたのに。
すでに独りでは生きていけなくなっている。
紫苑を失いたくないと切実に思っている。
こんなでは、だめだ、と想いを断ち切ろうとしても、うまくいかない。
スルリとかわしてみても無駄なような気がしてきた。
もういっそ、俺は手を伸ばしたほうが・・・?
ため息はつくなと、ばあさんから言われていたが、ネズミはふう、とため息を思わずついてしまった。
そういえば心を許すな、信じるな、とも言われていたっけ・・・。だが・・・。
「あ、ごめん。」
そんなため息も、どうやら色々抜けたままの話に対してだと思ったようで、紫苑はさらっと謝ってきた。
そしてお互い少し沈黙。
「ほんとどうしようかな・・・」
「ほんとどうするか・・・」
そして二人同時に同じようなつぶやきが漏れて、またお互い顔を見合わせた。