人魚
大きな手が金髪を乱雑に梳いた。不器用な手付きで。そして低く熱い声で、噛み締めるように懇願してくる。
「…今だけは呼ばないでくれ」
エドワードは自分の手をさまよわせて、…長いことその去就をつけかねていて。けれど、結局、おずおずと伸ばされたその指先は、ロイの上着の裾を選んでいた。
「……ロイ」
そっと、口にした。恐々と。
すると、後頭部に手が回って、少し顔が離れた。大きな手が、やはりどこか恐々とした手付きで促してくるのに従う。そのまま顔が近づいた。
忘れてしまえば――――――
唇は、軽く触れ合うだけで離れた。
顔を胸元に埋めてくる少年を抱きしめたまま、ドアにつけた背中からずるずると崩れ落ちる。
ふたりとも、何も言うことが出来なかった。
同じことを相手が思っているのに気づいていたから、余計に何も言うことが出来なかった。