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人魚

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 女性司書の時折凶暴な性格を、しみじみとブレダは語った。
「しかもエンサイクロペディア・オブ・アメストリス…」
 この国ではどこの図書館にも置いてある百科事典の名を挙げるブレダに、エドワードは一瞬言葉をなくす。あれ数センチくらいあるけど厚さ、とその顔には書いてある。
「……………あれで?」
「そうだ。どうだ、恐ろしくなっただろう」
 冗談めかして聞くと、少年は無言で頷いた。
「そうだろう、そうだろう。いいかエド、女にゃあ、よっぽどのことがない限り、逆らうもんじゃねぇ…」
 何か過去にイヤな事でもあったのか、ブレダの口調にはいやに力がこもっていた。
「―――ここだけの話、うちのボスも副官殿に頭が上がらねーしな、大抵の場合…」
「…あぁー………!」
 確かに、とエドワードは頷いた。
 そして、ブレダとエドワードは、物陰から窺うような具合でロイをちらちら盗み見る。
「…………なんだ?」
 それに、さすがに面白くないものを感じたのか、ロイが眉をひそめる。
「いや、別に」
 な、とブレダが振れば、エドワードも、うん、と答える。
「じゃあな。また」
「うん。少尉、…アルに、…その」
「ん」
 ブレダは気安い調子で片手をひらひら振って、「よろしく言っとく」と答えた。その言葉に、ほっとしたように少年は息を吐いた。


「ロイ?」
 シャワーを浴びると言ったきり、ロイがなかなか帰ってこないので、洗い物もとっくに終えたエドワードは、渋々バスルームへ様子を見に行く。
「…ったく、何やってんだか…」
 ふぅ、と溜息つきながら、エドワードはカーテンを開けた。…途端。
「ぅわっ!?」
 ぐい、と腕を引かれて、気づいた時にはバスタブの縁に手をついていた。
「…ロイっ」
 犯人をぎゅっと睨みつければ、彼は一向に応えた気配もなく、笑っていた。
「私の予想より早く着てくれたな」
「は?」
「やはり愛かな?」
「…はっ?」
 ざば、とロイは立ち上がった。湯の中から立ち上がったのだから、当然裸だし、当然、体からは湯が滴り落ちていた。
「……………」
 露になる裸体に、エドワードの体温が上がる。
 あの体に、腕に抱かれたのは、―――おとといのことだ。
 何がなにやらわからないうち、無我夢中で貪られ、次の日は見事に立てなかった。午後はすこしだけ動いたけれど、もはや限界だった。それが、一昨日。…男は間一日空けただけで何かするつもりでいるのだろうか。…何か―――たとえば。
「…やっ、…だ…」
 ひゅ、と喉が鳴った。エドワードは無意識に眉根を寄せ、小さく鋭く拒む。
「なぜ」
 ロイは、構わずエドワードを抱きこむと、強引に問う。
「…なぜ?」
 そうやって問いながらも、ロイの声は、エドワードの本心などとっくに見抜いている、そういう調子だった。それが悔しくて、少年は歯を噛み締める。
「………エドワード?」
 どんどん少年の服が、湯を吸って重くなっていく。
 そのしっとりと濡れた体を抱きしめた人物が、斜めに顔を寄せてきた。反射的に目を瞑ってしまった後には、もう遅い。それが口づけに対するイエスだと、もう、男は思い込んでいるだろう。そして、それを撤回できると思うほど、エドワードだって子供ではなかった。
 ザバ、と水音がした。
 ロイが、エドワードをバスタブの中まで引き込んだのだ。重くなってきていた服が、もう挽回しようもない程に湯を含んで重くなっていく。…けれどそれももはや、濡れているのが何なのか、なんてことは気にならなくなっていった。
 ロイの肩に片手を置いて、もう片手は、彼が脱がそうとしている服を、一緒に脱ぐのに動かして。白っぽいTシャツは、バスタブの外へ放り投げられた。
 息も苦しいほどの口づけの中で、一度、エドワードは薄目を開けた。すると、無心な表情のロイの顔があった。
舌を絡めあわせながら、その黒い瞳を見たいと少年は思う。

 風呂場でなしくずしに一度抱かれ、そのまま移動して、ぐずぐずと絡み合った。一度目の時よりもいくらか体は楽で、それよりも、エドワードは、深みに嵌っていくような自分の有様に恐怖を覚えずにおれなかった。
 けれどどこかで、仕方ないとも感じていた。
 とっくに、エドワードはロイという獣に掴まっているのだから、今更足掻いても無駄だろう、と。自分の上にあってこの身を抱きしめる男を、その汗が伝う精悍な頬を、なかばうっとりと見上げる。

 獰猛に自分を喰らい尽くそうとしている獣を、ただいとおしく見上げる。
作品名:人魚 作家名:スサ