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冬の旅

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 大地を赤や黄色で彩っていた大量の落ち葉は今や茶色く朽ち果て、冷たく乾いた空気が冬の到来を告げていた。山の木々も強い北風に葉のない枝を寒々しげに揺らしている。
 家の前を流れる小川は水量を少なくしながらも音を立てて流れていたが、夏の日差しの下、元気に跳ねていた魚たちはどこへ行ってしまったのか姿も見せない。朝夕の気温は氷点下を記録していた。
 スネイプが山奥の小さな家に越してきて、もうすぐ3ヶ月がたとうとしている。
 ベッドもキッチンもテーブルも玄関さえも同じ部屋にあるこの家は、大叔母にあたる魔女が住んでいたもので、彼女が死んでからは住む者も手入れをする者もなく、荒れはてていた。
 当初は見るも無残に半分以上崩れていたが、造りの良い梁がしっかりと屋根を支えていたので、腐っていた壁や窓枠といった風雨にさらされた屋外を手作業で一つずつ修理し、なんとか見苦しくない程度に仕上げたのだった。
 正直、見かけが幽霊小屋のようであったとしてもなんら不都合はなかったが、気まぐれというには頻繁に現れるあの人のため少しずつ手を加えた。
 屋内は大叔母が魔法をかけていたのか、すべてが古く質素だったが小綺麗にまとまり、綿ぼこりがひどくたまっていることを除けば不快なところは見当たらなかった。食器棚には少しだったがスープ皿や大皿もあり、大切に使っていたことが伺える清潔さを保っていた。
 スネイプは狭い部屋の隅々までハタキをかけ、床を雑巾で拭き、かたかたと揺れるテーブルの足の下に木切れを打ち付けて平行にし、小さな本棚に残るわずかな書物を燃やした。
 すべてを手作業で行ったのは少しでも魔法の痕跡を残さないためで、それは今でも変わらず、火をおこすのも、掃除をするのも、食事をつくるのもすべて手作業だ。
 人間と何も変わらない生活は不便といえば不便だったが、足りないところは傍若無人に魔法を操るあの人がさっさと自分の好きなようにしていた。
 山には木の実やキノコ、果物が豊富に実り、小川に釣り糸を垂れれば魚が釣れる。仕掛けた罠には時々ウサギやキジがかかり肉でさえ口にすることは可能だったが、殺すには忍びなく、そのまま離すことも少なくなかった。
 ヴォルデモートと魔法使いたちの戦いは日に日にひどくなるばかりで解決には程遠く、魔法界をまとめているはずの魔法省は崩壊寸前だ。日和見だった楽観的な人々も息を潜めて成り行きを見守っている。物価の上昇は止まらず、特に小麦の値段がじりじりと上がり続けていた。店の商品も品薄感が否めず、そのことがなおさら人々の不安に拍車をかけた。
 さらには名のある魔法使いたちがことごとく狙われ、捕えられては拷問にかけられているという噂がどこからともなく聞こえてくる。現に魔法新聞は3日とあけず、失踪した魔法使いの名前を記載しており、それは日々増えるばかりだ。その新聞さえいつまで発行されるかわからない状況になりつつある。
 集中的に狙われているのは反対勢力の急先鋒不死鳥の騎士団だ。ホグワーツ魔法学校出身者を中心として反対勢力最大の数を誇り、魔力に秀でた大勢の魔法使いたちが正義と未来のために最善策を模索していた。
 スネイプは袖を捲りあげ、自分の貧弱な右腕を見つめた。肘の内側で赤黒く変色し盛り上がった皮膚が髑髏印をかたどっている。誰もが忌み嫌うあの人の印だった。
 そっと傷を撫でる。指先がザラリとした感触を伝えるそれはなんの痛みも感じさせない代わりにひどく醜く、以後袖の短い服を着ることを許さない。
 めっきりと乏しくなった感情の波の中で、スネイプは半年前のことをゆっくりと思い出した。
 

 あの人はある真夏の昼間、突然スネイプのアパートの一室に現れた。
 それまでにスネイプは限りなく黒い噂の暗くさびれたバーで主人相手に何度も闇の帝王を褒めたたえていた。イチかバチか、名前を言ってはいけないあの人に会ってみたいとまでささやいてみたが何の反応もなく、ただ無関心な視線が返ってくるだけだった。
 細心の注意を払ってはいたが良くないことはどこからか漏れるもので、善良な人々はスネイプを見ると誰もが避けて通った。ときには物を投げつけられることもあり、限りなく黒に近いグレーゾーンだと認識されていた。
 そうまでしても2ヶ月、黒い人々からの接触はなく、いまだスネイプを見捨てていない人たちが「良くない噂が」とさりげなく確認してくる。どこから聞いたのか、遠縁の従妹が送ってきた手紙もひたすら「馬鹿なことをしてくれるな」と哀願口調だった。
 それにため息をつき、使っていたペーパーナイフをしまおうとスネイプが椅子から立ち上がって数歩、ふと振り返るとすでに男がいた。
 夏だというのに黒色とも見まがう深いグレーの上質なスリーピーススーツを一分の隙もなく着こなした男は近寄りがたい美貌と驚くほど硬く凍りきったエメラルドの瞳を持っていた。その瞳がつむぎだす研ぎ澄まされた冷たい視線と輝くばかりの甘い金髪のコントラストが、この上なく男を魅力的に見せている。汗ひとつかいていない額の形さえ優美だった。
 金髪を綺麗になでつけた白皙の美貌を、いったいこれは誰なんだろうと無防備に見つめるスネイプに男は言った。
「歓迎はしてくれないのかね?」
 男はスネイプより随分年上だと明らかな成熟した大人の低い声を持っていた。
「どなたですか」
「お前が探していた者だ」
「僕は誰も探していません」
「そうかな」
「あなたはどなたですか」
「誰だと思う」
 部屋を見回した男はハラリと落ちた長い前髪をザッと掻きあげて不敵に笑った。片肘をついて、顎を触りながら興味深そうに見つめてくる。右手の人差し指に瞳の色と同じエメラルドの指輪が光っていた。
「わかりません。突然、人の家に入ってきて失礼です」
 スネイプはフイッと男に背を向けた。男が自分より強大な魔法の力を持っていることはすぐにわかったから下手に抵抗はできなかった。
 男をもてなすわけではなく、自分が落ち着きたいために、コンロに火をつけ、湯を沸かす準備をする。
「コーヒーは飲み飽きたから紅茶がいい。できればレディ・ブルーのストレート」
 遠慮のない声が聞こえたがスネイプは無視した。わざと見えるようにコーヒー豆を取り出してミルで挽く。男が小さな声で笑ったがこれも無視した。
 フィルターをセットして湯が沸くのを待つ間、どうやって男が入って来たのだろうと考える。この部屋には簡単に他人が入ってこられないよう防犯魔法がかけてあるはずだった。このことに関しては人が変わったかのように神経質になる男がいるから間違いない。
 沸騰した湯をフィルターに注ぐ。スネイプの好きな豆の蒸れる香りが部屋に漂った。
 濃いめのコーヒーをたっぷりのミルクで割るのがスネイプの好みで、カフェ・オレまであと一歩といった具合だった。これじゃコーヒー牛乳だといつもジェームズはスネイプをからかい、スネイプはコーヒーだといつも主張した。
 最近はスネイプの勝手な行動に腹を立てて、気まずい時間を過ごすばかりだった。ジェームズとケンカをするなど思いもしない。それくらい盲目的に信頼していたが自分の行動がジェームズを不快にさせようともこればかりはやめるわけにはいかなかった。
作品名:冬の旅 作家名:かける