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冬の旅

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 ミルクがないと苦いコーヒーをわざとブラックのまま男に差出し、自分にはたっぷりとミルクを入れる。横目で見ていると男は躊躇なくコーヒーを嚥下し、涼しい顔をしていた。特に苦そうでもない。
「別に? コーヒーはストロングのほうが好みだ」
 スネイプの嫌がらせも通じていない。わかってはいるのだろうが気にもしていない。
「ところで、ミスターポッターとはいつ手を切るつもりだ」
 ミスターを強調した嫌味な口調での突然の問いにスネイプは手元を狂わせ、コーヒーを半分以上こぼした。男が無造作に手を振るとこぼれたコーヒーは跡形もなく消えた。
「完全に縁を切れ」
「何を」
 青ざめて喘ぐように言ったスネイプの顔を見つめながら美貌の男は冷たく言い切った。
「お前が私に近づきたいのならばすべてのものから縁を切れ」
「あなたは、誰、なん、ですか」
 輝く美貌の冷たさに圧倒されながらスネイプは肩で息をして尋ねた。じわじわと指先が冷えていた。コーヒーカップから立ち上る湯気さえ凍りそうだ。身体を打ち破るほど強く心臓が鳴る。震える手でテーブルに置いたカップの水面がゆらゆらと大きく揺れていた。
 もしかして、と思った。あの人なんだろうか。この美貌の男が。心の底からゆっくりと恐怖が這い上がってくる。
「探していただろう、私を」
 緑の瞳に魅入られ、人差し指で呼び寄せられる。フラフラとスネイプは男に近づいた。逆らおうという気力はない。頭の中は「もしかして」という言葉ばかりがグルグルと回っていた。
 想像していた通り、冷たい手に手首を掴まれて引き寄せられる。その強さに膝をついた。Tシャツの上から羽織っただけの白いシャツがふわりと宙を舞った。喉の奥で息を止めた身体を無視されたまま、耳元でささやかれる。
「ヴォルデモート卿だ」
 手は冷たいのに耳にあたる吐息は熱かった。
 ビクリと震えたスネイプの手首を離そうともせず、ヴォルデモートと名乗った美貌の男は目を細めてニヤリと笑った。悪い男の、例えようもなく魅力的な笑い方だった。
「私を探していたな?」
 震えながらスネイプは小さく頷いた。どうすれば会えるのかずっと考えていた。そしてどんなことをしても仲間に入ると決めていた。
「少しの時間をやろう。かならず全てと縁を切れ」
 男はおもむろに懐から杖を出すとスネイプの震える人差し指に杖先を当てた。凍りつくような冷たい瞳でスネイプをしっかりと見つめ小さく呪文を唱える。途端にスネイプの身体に激痛が走り背が反り返った。
「うぁああぁ、うぅ、あぁぁあ」
 雷に打たれているかのような痛みが指先から入り込み、逃れようと腕を振りたくとも掴まれた手首はピクリとも動かない。
 杖は指先にくっついてしまったかのごとく離れずに強烈な痛みだけを注ぎ込み続ける。拷問にも近い時間はカウントすればわずかだったのだろうが、杖が離れた瞬間スネイプはその場に座り込んだ。
 身体に力が入らず、背中にべっとりと油汗をかき、額には大粒の汗が浮かんでいた。あの思い出したくもない幼少時代が閉じ込めた記憶の中からゆっくりと這い出してくる。お前の苦しみがまた始まるのだと醜悪に喜んでいる。
 震えながら大きく肩で息をしているスネイプを男はソファに悠然と座ったまま見下ろしていた。そのエメラルドの瞳は冷たく何の感情も浮かんではいない。まるで濡れた宝石が目に嵌っているかのように美しく無機質だった。
 ヴォルデモートは磨き抜かれた靴先でスネイプの顎をとらえるとクイッと顔をあげさせた。
 スネイプは苦しげに眉を寄せて荒い息をつきながら震えていた。目尻の下を汗がゆっくり流れ落ちていくのを妙に生々しく感じる。
 添えられる程度だった靴先は圧倒的な存在感を持ってスネイプを支配していたが、それが顎の下から逸らされても固まったように動けなかった。
 その間、緑と黒の瞳は否応なく見つめあっていたが、それはすでに成立している上下関係をさらにはっきりと互いに認識させるものだった。スネイプの服従は男と会ったときから決まっていた。
「今は何もないその右腕だが」
 身体の中にはまだ痛みが強烈な印象とともに残っていたが、スネイプはそろそろと袖をまくりあげた。
 あれほど痛んだ指先も雷が暴れまわって皮膚を突き破りそうだった腕も何の変化も見せていない。自分が嫌悪するただの白い痩せた腕だった。違和感さえもない。
 視線を戻すと美貌の男は片肘をついてスネイプを睥睨していたが、再びスネイプが俯かなかったことに満足しているようだった。
「きっちり2週間後に私の印章が現れる。消せる者はいない。覚悟を決めることだ」
 そうして、ゆっくりとした動作で立ち上がると「それがお前の望んだことなのだから」と言った。
 スネイプは自分が望んだこととはいったい何だったかと今頃になって痛み出した頭でぼんやりと考えた。思考能力は奪われ、叩き込まれた隷属性が嬉々として頭をもたげていた。
 男は部屋の中を吟味するように歩き、樫の木で作られたチェストに飾られた写真立てを見、キッチンのシンクに放りっぱなしだった朝食の皿を呪文も唱えずに洗い、テーブルに飾られた萎れかけの白い小さな花を見て「辛気臭い」と言った。
 気まぐれとばかりにクローゼットを開けて少量の服が淡い色づかいのものばかりなのを少し笑い、ベッドのヘッドボードに置きっぱなしにしていた薬草辞典を手に取りパラリと捲ったりした。
 それで気が済んだのか、ぼんやりと座り込んでいるスネイプの前に片膝をつくと乱暴な仕草でスネイプの顎を強くつかみ、先ほどまではまだ友好的だったのだと認識させる底冷えのする声で言った。
「今日は珍しく気分が良いから忠告しておこう」
 逸らすことを許さないエメラルドの瞳がスネイプの身体を小刻みに震わせた。目の前の男から発せられる恐怖に息が乱れる。
「裏切る時は死より悲惨な未来を覚悟しろ。例外はない」
 死ぬほうが楽なのだとはっきりと宣告された。どれほど死にたいと願っても死ぬことは許されず、生きながら狂わされる。
 名前さえ口にしてはならない悪の帝王。蛇に睨まれた蛙とはまさに自分のことだ。
 声も出ないスネイプはただ頷くだけだった。これほどの恐怖は感じたことがなかった。男の強大で禍々しい魔力を感じて身体中の血液が凍っていくような寒気がする。
 もう心が悲鳴を上げている。自分で決めたことなのに。もう助けを呼んでいる。
 ジェームズ!!
 その名を胸の内で叫んだときだけ、暗く閉ざされていく世界にぽっと温かな灯りがともる。しかし、それにすがりつくわけにはいかなかった。
 ヴォルデモートはスネイプの顎を掴んだときと同じように乱暴に振り払い、立ち上がると何事もなかったかのように冷たい声を出した。
「お前の用意ができたらある男に会わせよう。まぁバランス感覚は悪くない男だ」
 少々鼻につくがそれもヤツの個性だろう、許容範囲内だと余裕をみせる。
作品名:冬の旅 作家名:かける