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冬の旅

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 ルシウスが言った通り、腕の印章についてヴォルデモートは何も言わなかった。印章が醜く膨れていてもいなくても、その存在自体がすでに醜いのだ。右腕をひどく重く感じてスネイプはブラウスの上から印章を押さえ、再度消えてはなくならない痛みを実感するのだった。
 スネイプはチェストからハンドクリームの缶を取り出してベッドに腰掛けた。数日塗らなかっただけで荒れる手をスネイプは愛しげに撫でる。
 ジェームズは寝る前にベッドに腰掛け、後ろから抱きしめるようにしてクリームを塗ってくれた。背中に愛しさを感じながら、手の甲を、指の間をまるで熱を分け与えるようにジェームズの指が動くのを見ていると息があがる。左肩にジェームズが頭を乗せるとゆるやかな呼吸音が耳にスルリと入り込み、たまに触れる吐息がスネイプの顎を上げさせた。左手の指の間にジェームズの指が入りゆっくりと握られて手の平をくすぐられるとはっとして思わず身体を丸める。
『だめだよ、まだクリームを塗り終わっていないんだから』
 そう囁きながら、ジェームズの右手はスネイプの顎を持ち上げて、わずかに横に傾けると唇の端に軽くキスをする。耳たぶ、首すじ、喉元を甘くたどっていく、それがもどかしくてスネイプは離れてゆく唇を追いかけてしまう。かすかに鼻を鳴らして深いキスをねだる。そのめったにない甘えた仕草がジェームズの欲望を燃え上がらせるのだったがそんなことは思いもよらない。望み通りのキスが与えられる頃にはパジャマの裾から入ったジェームズの右手に胸の小さな飾りがさんざんいたずらされた後で、ひっきりなしに漏れ出る声を止めることができなくなる。
 スネイプはひとつ頭を振って思い出を遠くへ押しやると缶のふたを開けた。白いクリームを少しずつ手にとり丁寧にすりこんでゆく。長時間手を洗う癖はなかなか治らず、この冬もたくさんのあかぎれができた。それでもクリームを塗ることを教えられて数年たつと昔より随分ましな手になったように思う。
 スネイプは何をしてもジェームズを思い出してしまうことを諦めながら時間が過ぎるのを待っていた。
 

 ヴォルデモートの今の心の内を平凡な言葉で表すならば「困惑」だった。このところ特にひどくなった頭痛が頻繁に起こる。セブルス・スネイプの調合する薬は効きが悪くイライラが募る。強い薬を望んだところ、もちろん頷きはしたが困惑した表情が見え隠れしていた。それもそのはず、この半年で3回も同じことを口にしている。
 頭痛はふとしたことでやってくる。長時間椅子に座っているとき、ナギニを撫でているとき、軽い魔法を操っているとき。そこに関係性はない。
 目の後ろ側から鈍く痛みだし、やがて脳を押しつぶすようにぎゅうぎゅうと痛み出す。たまりかねて薬を飲むと今度は気分がぼんやりし、睡眠を必要とする。最近では常に無表情であるはずのスネイプにまで哀れまれている気がしてまったく忌々しい。腹立ちまぎれに張り飛ばせは済むことだが、今のところ身体に合う薬をつくるのは陰気臭いあの男だけだ。身体も精神もひ弱な男などクズだが調薬の腕は悪くない。
 頭痛も問題だが、気になるのはそこだけではない。単に物忘れなのかどうしても思い出せないことがある。記憶が飛んでいるとでも言おうか。スネイプにフレアへ行かせたのは間違いないが、マナリーへ行かせた覚えはない。行かせるつもりもなかった。だが、ルシウスとともにマナリーから第一報を入れてきたということは行かせたとしか思えない。いったいいつの間にそのようなことを私は言ったのだろう。
 ロジエールにしてもそうだ。奴は数少ない有能な部下で、好きなようにやらせていた、もちろん許せる範囲でだ。しかしここ数日屋敷内に留まっているので不審に思い問うたところ、待機を命じられていると言う。私が命じただろうことは聞くまでもなく、顔を見ればわかることだった。
 このように、日常の中にどこかしっくりいかない場面があるのは不愉快だ。以前からたまにこのようなことはあったがそれは誰もが経験する誤差の範囲内だ。私に限ってそんなことはないと言うほど傲慢でもない。
 ヴォルデモートは内ポケットから取り出した懐中時計にチラッと目を走らせた。細い金の鎖で繋がれた時計は手の平にすっぽり隠れるほどの小ささで繊細な彫金が施してある。綺麗に磨かれた硝子面は些細な擦り傷が光の加減でわずかに見えるだけだ。この金時計はヴォルデモートの愛用品で、自分の手で磨くほど気に入っている。
「14時か」
 いまいましいことに15時にジェームズ・ポッターと会うことになっているらしい。まったくもって不愉快だがこれもまた私が命じたことだと言うから癪に障る。何をしたかったのか思い出せもしない。
 だが、まぁいい。あの小賢しい男には目に物を見せてやるちょうど良い機会だと思うことにしよう。生ぬるい話し合いなど必要ない。さっさと殺ってしまいたいが殺ったら騎士団は総攻撃を仕掛けてくるだろう。今総攻撃を受けて確実に勝てる見込みは五割。死喰人など何人死のうが知ったことではないが私の手足になる者は必要だ。だからここで大事を起こすのは得策ではない。
「ふんっ」
 ああ、腹立たしい。あんな優男、首を捻りつぶして切り刻んで盛大に殺してやりたい。
 しかし、面白いことにあの男はスネイプを好ましく思っているらしい。馬鹿な男だ。世の中はおかしなことばかりだが、その中でも最大限に馬鹿なことだ。そしてセブルス・スネイプも愚かな男だ。
「くくくっ」
 ヴォルデモートは笑い声を漏らした。その拍子に膝に抱いていたナギニが頭を上げた。それを愛しいとも言える視線で眺め、ヴォルデモートは軽く頭を撫でてやった。
 ナギニはすでに8メートルを超えており、その大きな頭をソファに座ったヴォルデモートの膝に乗せて昼寝をする。とぐろを巻いた胴体は呼吸とともに緩やかに波打ち、無防備にその腹をさらしていた。
 そろそろ繁殖期がやってくるとマクネアが言っていたことをヴォルデモートは思い出した。良い雌を見つけてやらなければならないがナギニは少しばかり大きいから難儀しそうだ。そういえばマクネアが姿を消していると聞いたのはいつだったか。どいつもこいつも私をいらだたせる。
 ヴォルデモートは肘掛に腕を置いた。肩の力を抜いてチェアの背に凭れ、深く息をついて目を閉じる。また目の奥がじくじくと痛み出していた。このまま眠ってしまえ、と思うが眠ってばかりいることに思い当たり、言いようのない憤りを感じた。
 薬は効かない、だが飲まねばならない。矛盾する行動を自分がせねばならないことに腹がたつ。効き目の強い薬を作れないセブルス・スネイプにも腹が立つ。さっさと殺してしまえと何度行動に起こそうとしたことか。しかし、そのたびに何かの力が働くかのように躊躇する。俗に言う「気」が乱れる。そのようなやっかいなものはとうの昔に捨て去ったはずだがどうももやもやしていけない。黒瞳黒髪の陰気な顔をした男が脳裏に浮かび、それが不快ではないことにまた腹が立つ。
作品名:冬の旅 作家名:かける