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冬の旅

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 早く、早く、早く、早く。ジェームズはせかせかと言葉を発しながらコートを脱いだ。早く温めなければ。セブルスが。セブルスが。
 耳元で音を立てるほどの北風が吹いていた。気を抜けば絶叫しそうだった。胸が苦しい。心がちぎれる。あぁ、あぁ、あああああ。頭のどこかで何かが切れる。ジャームズは『はぁはぁ』と忙しく肩で息をした。
「フレア、カトマンズ、マナリー、クロイトンから手を引け。目障りだ」
 あいかわらずスネイプの腹の上に足を置いたままヴォルデモートは言った。怒りと悲しみに意識が支配され、ほとんど茫然とした状態と言っていいジェームズに返事をしなければならないという理解も余裕もなかったが、そのわずかな時間も許す気はないとヴォルデモートはごく自然にそのままスネイプの腹の上に両足を揃えて立った。
 ジェームズとリリーの絶叫が風に乗り高原に響き渡る。ジェームズは走った。頭が真っ白だった。ヴォルデモートが杖を振り下ろすのが見えた瞬間に赤い稲妻が左肩に襲い掛かっていた。左肩に激痛が走り一瞬足が止まるがかまわず足を出すと今度はその足元に光が飛んできた。大きくあいた穴に足を取られて転がる。容赦なく飛んできた光に右太ももを貫かれた。
「ジェームズッ」
 左肩が熱くて痛くてしびれている。足が動かない。顔を上げると手を伸ばせば届きそうなところにスネイプが倒れていた。ジェームズはよろよろと這いずるとヴォルデモートを見上げた。エメラルドの瞳が雪より冷たく何の感情も見せずに見下ろしていた。
「動くなと私は言った」
 静かな声とともに顎の下にヴォルデモートの靴先がめり込んだ。
「あうっ」
 ジェームズの身体が反り返り、雪の中にどさりと倒れこんだ。口の端から血が流れる。蹴られたときに舌を噛んでいた。
 視界の端で、苦悶の表情を浮かべ、苦しさに顔を振るスネイプを見下ろしたヴォルデモートが少し笑い、優しい声で「お前のジェームズのために我慢しろ」と言っていた。そのベルベットのような柔らかさに鳥肌がたつ。奴は狂っている。
 口にたまった唾を吐きだすと真っ赤だった。ジェームズは身体を起こすとしびれた口を無理に動かして言った。
「わかった、手を引く」
 よろめきながらもようやく立ち上がったジェームズの顔からは血の気が引いていた。何を言っても、何をしても、ヴォルデモートはセブルスを痛めつける気だとわかったからだ。そのために連れてきたのだとも理解した。わかっていた気になっていたが、どこかで楽観していた。その横っ面を叩かれ目が覚める。もし今、自分がここから去ればこの恐ろしい事態は終わるのか?
「マクネアを返せ」
「なん、だっ? 人の名前か?」
 話などしたくない。セブルスが。セブルスが。足の下にセブルスが。
「背の低い小太りの男だ。お前のところにいるだろう」
「僕は知ら、ないが、探して返す」
 ジェームズは焦りで過呼吸になるのかむせて激しく咳き込み、真っ赤な血を雪の上にばらまいた。ヴォルデモートはそれを見て少し眉を上げたがそれだけだった。
「今、返せ」
「本当だ、本当にどこにいる、か、知らないんだ。こちらに、いるのなら必ず返すっ」
「都合の良い言葉だ。『知らない』か」
 ヴォルデモートはやっとスネイプから降りるとちょいと顎を上げた。すると傷ついたスネイプの身体がフワリと浮き上がった。目を見開くジェームズの前でそのまま上がり続け、5mほどの高さから一直線に叩き落とされた。
「きゃぁぁぁぁぁぁ」
 リリーの喉から悲鳴がほとばしり、そのまま雪の上に膝をついて倒れこんだ。ジェームズは動くこともできない。瞬きさえ忘れた。目の前で起こったことが信じられない。
「さてお前の不用意な言葉がこのような事態を引き起こした訳だが感想は?」
 ジェームズは身体中に響く自分の呼吸音を聞いていた。肩の痛みも顎の痛みも忘れた。ただそこだけが熱い。足から血が流れている。血液がどくどくと音を立ててこめかみを刺激する。目の奥で感情がスパークしている。細く長く慎重に口から息を吐いた。
 世界は無音だった。呼吸音以外何も聞こえない。吐いて、吸って。吐いて、吸って。耳の奥が痛いほど強く脈を打つ。
「お前を殺す」
 絞り出した声は掠れたうえにみっともないほど震えている。気が変になりそうだった。目のふちに溜まる涙が視界をふさいで目の前がぐらぐらと動く。まっすぐ立っているのかさえわからなかった。左腕が重い。まるで身体の中に別の自分がいて勝手に口を動かしているかのように実感がない。
「お前を殺す」
 手の中にあるこの杖を上から振り下ろし呪文を唱えろ。あいつを殺せ。八つ裂きにしろ。呪い殺せ。
 呼吸を整える。吐いて、吸って。吐いて、吸って。
「お前を殺してやる」
 世界など終わってしまえ。太陽は落ち、嵐は空を割り、大地をなぎはらえ。すべてを跡形もなく粉々にしろ。
「できるものならやればいい」
 ヴォルデモートは軽く杖を振ってスネイプを呼び寄せ腕に抱いた。さきほどとはうって変わり、ぐったりとした身体をまるで愛しい者のように扱い、慎重に自分の肩にスネイプの頭を乗せて抱き上げジェームズを見てニヤリと笑った。
「私を殺す? 結構なことだ。いつでもどうぞ? そら、今からでもいい。その手の杖を私に向かって振り下ろすだけだ」
 リリーのすすり泣きが絶え間なく子守唄のように流れていた。強風が耳にうるさく身体を冷やす。ジェームズの手はピクリとも動かなかった。
「なぜやらない? 殺したいのだろう? 今の私は自由に動けない。好きにすればいい」
 できるわけがなかった。感情のまま杖を振り下ろせばセブルスも巻き込まれる。セブルスを助けるには攻撃をしなくてはならないがそれには力が足りない。
 二人は束の間、睨み合った。左肩から流れる血が止まっていないのだろう。服が液体で腕に貼りつく。右の太ももは燃えるように痛んでいた。もう走れない。ジェームズは意識して静かに呼吸する。吐いて、吸って。吐いて、吸って。
 目の端でリリーが静かに立ち上がり、杖をヴォルデモートに向ける。大きな重圧からか、せわしなく肩で息をしているためにその焦点は常に揺れていた。何度かあえいだ後、耐えられないとばかりに絶叫した。
「ジェームズッ、二人ならなんとかなる! もう嫌よっ」
 くくくっとヴォルデモートは笑い、勇ましいなと馬鹿にするように言った。
 ジェームズはじっとりと汗に濡れた手の平で杖を握りしめた。
 傷を負っているとはいえ、騎士団の中でも魔法力が高い二人だ。力を合わせればなんとかなるかもしれないというリリーの言い分は痛いほど理解できる。しかし、ジェームズは二の足を踏んでいた。それというのもたとえ二人で闘うとしてもかなわないことはわかっていたからだ。力の差もそうだが、ヴォルデモートは最大限にセブルスを利用し、楯にしてくるだろう。これ以上、セブルスを傷つけられたら本当に死んでしまう。それこそが恐怖だった。セブルスさえ無事なら誰が死ぬとしてもどうでも良かった。一時的に悲しみは訪れるだろうがそれだけだ。
「子供の母親は無謀にも私に向かってきた」
 ヴォルデモートはスネイプを抱き直し、幼子をあやすかのように碧の指輪が光る右手で乱れている黒髪を撫でた。
作品名:冬の旅 作家名:かける