冬の旅
「女が愚かなのか、母親というものが愚かなのか。私が2人の子供のうち大きい方を殺そうとしたとき、女には一人は助けてやると言った。それにも関わらず刃向ってきた。結果、私は全員を殺した。子供などまた産めば良いものを」
スネイプは先ほどからぐったりしたままピクリとも動かない。ジェームズはその状態がどうなのか気になって仕方がなかった。顔が腫れている。見えないところはもっとひどいのだろう。・・・・・・なんてことを。
「お前もそうだ。この男になんの価値がある? 世の中には男も女も溢れている。多すぎるのだ。間引きするくらいでちょうど良い」
「お前が死ね」
まっすぐにヴォルデモートを見据えてジェームズは言った。これほど人を憎んだことはない。
「あいにくだが私は強い。私には価値がある。皆を従わせる力がある。必要なのは有無を言わせない圧倒的な力だ。この世は弱肉強食なのだから」
美しい男はかすかに笑った。それは自分の力を疑いもしない自信に溢れたものだった。
「お前は私を攻撃しない。セブルスを巻き込むからだ。好ましい者を傷つけたくない。しかし、それは本当か? ならばなぜあの母親は私に刃向った? 私の言うことを聞いていれば一人は死んだろうが二人は助かった。1と2ならば2のほうが良いのではないか? しかし愚かな判断で好ましい者だけでなく自分まで死ぬことになった。1でも2でもなく3だ、三人死んだ。これを世の中では愛情だと言うのか?」
詭弁だ、と強く思った。だがジェームズは黙っていた。ふつふつと湧き続ける怒りに身体が震える。頭がぼんやりする。血が止まらない。
「ごちゃごちゃ言わないで! 不愉快だわっ! ジェームズ、こんなこと聞く価値なんかない。早くやりましょう!」
リリーが風に髪をなびかせて叫んでいる。握った杖の先が震えている。リリーも怖いのだ。力の差を彼女も感じている。
ジェームズは何度も唇を舐めた。やりたい、殺したい。この世から抹殺したい。だが、ジェームスは動けなかった。あの杖が振られるより早くセブルスを助け出すことは不可能だ。
ヴォルデモートはリリーを無視して続けた。
「皆が死んでもそれが愛だと賞賛されるか?」
お前が愛を語るのは間違っている。その汚れた口から聞く言葉じゃない。何が正解か、そんなことは誰もわからない。僕だって知るものか! 愛しているけれども・・・・・・、愛しているけれども、ああ、愛している、セブルス。気が狂う、おかしくなる、目を開けて。
苦悶に歪むジェームズの顔を横目にヴォルデモートはスネイプの頬を何度も撫でた。
「ではお前はどうだろう。私の言葉に縛られて何もしないお前は利口か? セブルスが痛めつけられていても見ているだけが正しいか? お前は痛くもかゆくもなく五体満足だが、・・・・・・まぁ少々傷ついたか? なんにしてもお前の好ましい者は傷だらけだ。それとも母親の行動が情に基づくと言うのなら、お前の情も大したことがないと言うことか?」
ジェームズは無言で杖を振った。杖先から出た青い光は稲妻となりヴォルデモートの足元を深くえぐった。二人の間に雪が舞いあがり束の間、互いの姿を隠す。あたりに静寂がもどったとき、二人の立ち位置は先ほどとまったく変わっていなかった。
何事もなかったかのようにヴォルデモートは淡々と「お前のセブルスへの情は強いものがあると聞いたが。発信器を付けていたそうではないか」と言った。その言葉にジェームズはきつく眉を寄せた。
「誰に聞いた」
「私の部下に」
「その部下は誰だ」
「答える必要が?」
「言えっ」
ヴォルデモートは呆れたように口を開いたが、それはわざとらしさがあふれていた。
「お前は忘れているようだが私はお前を殺せる。私の腕の中にはセブルスがいることだし、それでなくとも力は私のほうが上だ。お前のそのなっていない口のきき方にも腹を立てず、こうしてつきあっていることにいい気になってもらっては困る」
ヴォルデモートはわずかに眉を上げて蔑むようにジェームズを見た。
「くだらないことだ。お前は『セブルス』と聞くだけで動けなくなる。馬鹿馬鹿しいが私にとっては魔法の言葉だな。安心しろ、これからも殺すことはない。おそらくな。が、どのような状態でいるかは保証しない」
私はときどき短気をおこす、とヴォルデモートは鼻で笑い、意味ありげにスネイプの顔を覗き込んだ。それをただ見ていることしかできない情けなさにジェームズは唇をきつくかみしめる。力が欲しい。今すぐ、あいつを殺せるだけの力が。
「そろそろ話をするのも飽きた」
ヴォルデモートはスネイプの頬を乱暴に2、3発叩いた。
「最後に何か言うことがあるか」
「ジェー・・・ムズ、リリーと・・・仲良く・・・ね」
ともすれば風の音に掻き消えてしまいそうな小さなかすれ声と一瞬の視線を残して、スネイプは力尽きたように目を閉じた。
「セブッ、目を開けて、お願い」
リリーの細い声が悲しみに満ちている。ヴォルデモートに向けられていた杖は今やだらりと垂れさがっていた。
「さきほど言ったことはセブルスにかけてすべて守れ。これを息をするだけの人形にしたくないのなら」
期待している。その言葉を最後にヴォルデモートが軽く杖を振った瞬間、唐突に消えた。
「セブルスッ! セブルスッ!」
ジェームズは足をひきずり走り出したが、すぐにバランスを崩して雪に倒れこんだ。
スネイプにかけようと思ったコートが雪まみれになり、ジェームズ自身も頭から雪をかぶった。左肩が熱かった。じくじくと傷む。
「セブルス」
雪原にはただ風が吹いているだけだった。身体は冷え切り、両手は感覚がない。
「ああああああああああああ」
ジェームズは叫んだ。身体に巣食うみじめさを、悲しみを、情けなさを言葉にはできない。
顔を合わせる前から魔法力で負けていることは知っていた。しかし、顔を合わせた瞬間に悟った力の差は想像以上に大きかった。絶えずヴォルデモートの杖先がセブルスに向けられていたとしても、愛する人が重傷を負うのをただ見ているだけだった。人には大きなことを言っていたくせに何もできない臆病者だ。
ジェームズは立ち上がった。スネイプがいた場所までよろよろと歩く途中で咳き込んで、雪の上に血をばらまいた。それを眺めるうちに不安と後悔とやりきれなさが混ぜこぜになった気持ちに身体のあちこちを刺激されてまた泣いた。
「ううううう、ううっ」
力が欲しい! 力が欲しい! 圧倒的な力が! すべてを叩き壊す力が欲しい!
ヴォルデモートが「必要なのは圧倒的な力だ」と言ったとき、共感した自分がいた。力があれば、力さえあれば!
悪魔に魂を売ってもいいと心から思った。命と引き換えにしてでもあの男を殺してやりたい。
ジェームズは喉が枯れるまで叫び、泣き、なにより自分を軽蔑した。雪に散らばる赤い血がセブルスの悲鳴となってジェームズの胸を深くえぐる。